第二十二章 施設の内側
カイは記録書に「セイガ、出資元二段奥」と書いた。前夜、ゼン経由でレムの工場街観察が届き、出資元の照合を回した。表向きの取引の二段奥に、治安端末のハブと重なる未公開の資本系列があった。意図的な迂回だ、と判断した。
翌朝、四人で施設に向かった。
帝都外縁に近い、旧区画の隅にある施設だ。表向きは、治安端末の保守管理をする技術部門の建物だ。人の出入りは少ない。朝の時間は特に静かだ。
ゼンが先を歩いた。施設の外周を確認しながら、目を細めている。
「入口は正面と、裏の搬入口の二カ所だ。警備は正面が一人、裏が一人。交代は二時間おき」
「裏から入る」カイが言った。
「交代の十五分前を狙う。一番注意が落ちてる」
レムが言った。「ゼン、中の構造は」
「設計図と照合するから、入ってから確認する」
ゼンは右手を外套から出した。壁に触れた。素材を確かめる。手の感覚が薄くても、手のひらで圧力は分かる。
「壁が薄い。右側の区画は空洞だ。設計図にある機械室の位置が、これより奥になる」
カイは設計図の控えを取り出した。確認する。
「二作目の機械室と同じ配置だ」
「そうだな」ゼンは設計図を一度見た。「あの時と、似てる」
あの時。経済端末の機械室。ゼンが壁を越えた夜。右手がまだ正確に動いていた夜。
「今回は正面から越える必要がある。壁を抜ける経路ではない」カイは言った。
「分かってる。だから道を確認してる」
ゼンは右手の指を一本ずつ動かした。それから拳を作った。痺れがある。だが、力は入る。
「行けるか」
「行ける。ただし、精密な解錠は任せてくれ」
「任せる」
レムが言った。「解錠はあたしがやる」
「そうしろ」ゼンが言った。「俺は道を作る」
「道を作るって」
「体を張るということだ」
ゼンは少し笑った。苦笑だった。でも、本当に笑っていた。二作目の機械室の前で笑ったのと、同じ笑い方だった。あの時と違うのは、右手の感覚だけだ。
「ミラ」カイが言った。
「うん」
「施設の中で、金属片が反応したら教えてくれ」
「分かった」
四人で、搬入口の死角に入った。交代まで、十二分。
待つ間、カイは計算機を開いた。
明後日の朝、変動が来る。その前に、施設内部の実際の配置を把握する必要がある。設計図と現状が一致していれば、対処の手順が組める。一致していなければ、今夜再計算する。
手順が組める。
そこまでは計算できる。
だが、ヴァルクが次に何をするかは、まだ分からない。三日前に動き始めていた相手が、明後日の変動に合わせて何を仕掛けるか。
「カイ」ミラが小さく言った。
「何だ」
「金属片、少し温かくなってる」
カイは鞄を確かめた。布越しに触れる。温かい。施設に近づくにつれて、反応している。
「記録しておく」
「うん」
交代の時間が来た。
警備が動いた。ゼンが先に出た。静かに。素早く。右手ではなく、体全体で動く。精密さではなく、間合いで動く。
通路が開いた。
「行け」
四人で入った。
施設の内部は、カイが予測した通りの配置だった。治安端末の制御架が、一定の間隔で並んでいる。中央に、主制御のハブがある。そのハブが、定点鳴素計のネットワークと接続されている。
カイはハブの前に立った。
設計図と照合する。
「一致している」
「じゃあ、予測通りに動かせる」レムが言った。
「動かすのではない。動かされないようにする」
カイは計算機を接続した。ハブの現在の出力を読む。三日前から続いている変動パターンを確認する。
見えた。
変動は、ハブから発生しているのではない。ハブに届いている。外部から。
「……逆だ」
「何が」
「変動の発生源が、施設の内側ではない。外部からハブに向かっている。施設はすでに、入口として使われている」
沈黙が落ちた。
レムが言った。「それはいつから」
「三日前から。カイが今朝気づく前から」
もう一度、同じ事実を確認した。
先を越されている。
だが今回は、手帳の数値がある。アイの観測記録がある。発生源の方向が、数値から推測できる。
「発生源は、帝都外縁の北区画だ」カイは言った。「電波塔の位置と重なっている」
「電波塔?」
「治安端末と電波塔が、ある時期から接続されている。禁書にある記録だ。表向きの仕様には出ていない。アイの観測でも、同じ接続が記録されている」
「つまり」ゼンが言った。「電波塔から、ここに入ってきてる」
「そうだ」
ゼンは右手を見た。「電波塔の内部確認が必要か」
「必要だ。だが今日ではない。まず今夜、この接続を遮断する方法を計算する。明後日の朝の変動まで、時間がない」
「遮断できるか」
カイは計算機を叩いた。
「……計算する」
また、分からないまま計算している。答えが出てから動くのではなく、動きながら計算している。
それがまだ慣れない。
でも、やめない。
「行くぞ」カイは言った。「施設の確認は終わった。禁書庫に戻る」
四人で来た道を戻った。
ゼンが最後に出た。右手で扉の縁を確かめながら出た。感覚が薄くても、確かめていた。それが今のゼンのやり方だった。




