第十八章 後手
セラからの詳細が来たのは、夜の十時だった。
定点鳴素計の出力変動。三日前からのパターン。カイは計算機に取り込んで、数値を展開した。
見た瞬間に分かった。
「……先に動かれた」
ミラが顔を上げた。「何が?」
カイは計算機の画面を見たまま、答えなかった。
考えすぎだ、という声が、脳の奥で鳴りそうになった。だが今夜は鳴らなかった。今夜は、事実として受け取る必要があった。
パターンが、三日前から始まっている。今日カイが気づく前に、すでに動き始めていた。
治安端末の定点鳴素計が、特定の間隔で出力を変動させている。設計の範囲内だから、誰も気づかなかった。セラが気づいたのも今日だ。
だが、このパターンは偶然ではない。
カイは計算機に入力を続けた。パターンを展開する。変動のタイミング。変動の幅。変動の方向。
三日前から今日まで、計十七回の変動。
それを重ねると、一つの形が出てきた。
「……」
原振の檻への、接続試験だ。
ヴァルクは、カイが今朝計算し始めたことを、三日前から実行していた。治安端末を入口として使う経路の構築。定点鳴素計を介して、ヴェルタの深層に干渉する試み。
計算ではなく、試みが先にあった。
カイはしばらく、画面を見た。
以前の自分なら、今頃計算が完了しているはずだった。材料を揃えて、手順を組んで、動く前に全てを把握して動く。それがカイのやり方だった。
だが今夜は、計算が完了する前に、相手がすでに動いている。
「カイ」
ミラの声だった。
「何だ」
「なんか、いつもと違う顔してる」
「している」
ミラは図鑑を閉じた。「どうかした?」
「……先を越された」
短く言った。それだけだった。
ミラは少し間を置いた。「追いつける?」
「分からない」
「分からないのに計算してる?」
「分からないから、計算している」
ミラはしばらく考えた。それから立ち上がって、カイの机の隣に椅子を引いてきた。座った。
「じゃあ、ここにいる」
犬も、床の同じ位置から動かなかった。
カイは計算機のキーを叩きながら、その気配を確かめた。
根拠のない助力だ。だが今夜は、それを否定しなかった。
「レムに連絡を入れる」
「うん」
「明日、こちらに来てもらう。手帳を持ってくるように伝える」
「手帳って、あの、レンとアイのやりとりの?」
「そうだ」
カイは通信機を取った。
レムへの文を書きながら、今夜の記録の最初の行が頭の中を動いた。
「先を越された。計算より先に動かれた。分からないまま、計算を続ける」
それが、今夜のカイの全てだった。




