表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳴素の共鳴  作者: 佐々木勇二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/30

第十六章 温度を持つもの

三ヶ月後。

帝都の朝は、騒がしかった。

工場は全て再稼働していた。市場は以前より人が増えた。電波塔の光は安定している。腕輪の光はバラバラで、それが今は普通だ。

カイは禁書庫の窓から、帝都を見た。

整然としていない。非効率だ。でも、生きている。

「おはよう。はじめまして」

「はじめましてではない」

ミラが目を擦りながら起き上がる。

布団の足元で、黒い小型犬も身を起こした。一ヶ月ほど前、禁書庫の窓の隙間から迷い込んできた犬だった。そのまま居着いている。出ていく素振りを見せなかった。カイは追い出さなかった。ミラは追い出すという発想を持っていなかった。

ミラが犬を見た。

「おはよう。シロ」

犬は黒かった。耳をひとつ動かして、ミラの膝に鼻先を寄せた。

ミラは毎朝、違う名前を呼ぶ。シロ。クロ。テン。フユ。先週の名前は覚えていない。犬は気にしていなかった。呼ばれれば耳を動かし、撫でられれば目を細めた。それだけだった。

カイは記録書に「犬、本日も在室」と書いた。一ヶ月、毎日同じ行を書いている。書かなくても分かる情報だが、ミラが忘れた朝に必要になる、という判断だった。記録は、ミラが忘れた事実を補完する。

ミラは三番目の棚へ向かった。犬は床に座って、その背を見ていた。百十二頁。

今朝の確認回数、一回。それで十分だ。

カイは記録書を開いた。読み上げる。ミラが頷く。

昨日、セラと連絡を取った。治安端末の設計変更が、第二段階に入っている。ドレスが承認した。進捗は予測通りだ。

昨夜、レムから定期連絡が来た。帝都外縁は静かだ。ゼンの右手の感覚が少し戻ってきた。

ヴァルクからは、何もない。三ヶ月、静かだ。

一時停止と声明を出してから、企業連合の主要メンバーは帝都を離れたままだ。動きがない。だが、いなくなったわけではない。次の手を考えている。カイにはそれが分かる。ヴァルクは撤退しない。合理的な別経路を見つけるまで、待つだけだ。

「ねえ、カイ」

ミラが図鑑から顔を上げた。

「何だ」

「今朝、変な夢見た」

「どんな夢だ」

「鍵みたいなものが光ってる夢。ここにある感じで、でも触れないの」

カイは記録書に書き加えた。「鍵」という言葉に、一拍だけ引っかかった。処理しようとして、保留にした。材料がない。

「夢の記録は、信頼性が低い」

「そうだね」ミラは図鑑に戻った。「でも、なんかすごく鮮明だったから」

カイは計算機を開いた。

今日の作業がある。治安端末の残課題の確認。セラへの技術資料の準備。禁書の記録の更新。

鞄を取った。

布越しに、金属片に触れた。

冷たい。三ヶ月、ずっと冷たい。役目を果たした部品だ。でも、捨てていない。なぜ捨てないのか、答えが出ないまま持ち続けている。

「行ってくる」

「うん。気をつけて」

扉を開けた。帝都の朝の空気が入ってきた。

その時。

鞄の中で、何かが動いた気がした。

カイは立ち止まった。

鞄を見る。動いていない。

布越しに触れた。

金属片が、三ヶ月ぶりに、かすかに温かかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ