第九章 焚き火
都市から離れた荒野に、小さな火があった。
ダリが先に場所を作っていた。無言でブラスの傷を処置し、周囲を確認して、それだけだった。
しばらくして、ゼンが戻ってきた。ルオとセナが後ろにいた。
レムはゼンを見た。何も言わなかった。
ゼンも何も言わなかった。火の前に座った。
それだけだった。
火が落ち着いた頃、ブラスが口を開いた。
「話す」
全員が静かになった。
「何者かが塔に侵入した。侵入された塔はジャックされ、そこから放たれる振動が主要な施設を塗り替えていく。競技場がやられたのは、その余波だ」
地面に指で図を描く。
「すでに二つが落ちた。山の塔と、軍事施設の塔だ」
「軍事施設が…」ゼンが言った。
「ああ。残りは四つ。工場、研究所、行政中枢と繋がっている塔だ。ここが落ちれば、この国のインフラは全て敵の手に入る」
火が爆ぜた。
「我々残火は、その四つを守るために動く」
残火——帝都の陰で動く、名もない者たちの集まりだ。組織でも義勇軍でもない。ただ、止めなければならないと思った者が、気づけばそこにいた。
ブラスはレムを見た。
「君たちは禁書庫へ行け。この振動を止める方法を、あの男だけが知っている」
「カイ」
レムは手帳を抱きしめた。ジイが言っていた名前だった。
レムが立ち上がる前に、ブラスに聞いた。
「……なんで、ここまでやってるんですか」
ブラスは少し間を置いた。
「気づいたら、そうなっていた」
「どういうこと」
ブラスは火を見た。
「私にはかつて、守るべき街があった。小さな街だった。腕輪の光が弱い人間が多かった。でも、みんな笑っていた」
誰も口を挟まなかった。
「ある日、塔の干渉が届いた。その夜から、街の人間が変わり始めた。笑わなくなった。声が減った。腕輪の光が、みんな同じ速さになった」
「……あの街みたいに」
レムが呟いた。旅の道中で見た、音の薄い街のことだった。
ブラスは地面を見た。
「私は止めようとした。でも一人では何もできなかった。街が消えるのを、ただ見ていた。それだけだ。もう同じことを見たくない。それだけで、ここまで来た」
沈黙。
ダリが静かに、ほとんど独り言のように言った。
「あの街に、隊長の家族がいた」
ブラスは何も言わなかった。
「急げ。時間がない」
夜明けの風が荒野を吹き抜けた。
ルオとセナが立ち上がった。ブラスたちの後ろに、黙ってついた。
誰も合図しない。
三人が、同時に立った。
火が消えた。
煙だけが、残った。
その頃、一人の男がカルナの廃墟に立っていた。
焦げた石。煙の残り香。かつてここに街があった。
男はその夜のことを、まだ覚えていた。カルナの空に白銀の光が弾けた夜。遠くの丘から、ただ見ていた。
頬を涙が伝った。怒りではなかった。
「……これだ」
振動が、揺れる。
殴る音が聞こえた気がした。違う。記憶だ。
奪う手。掴む手。誰の顔も、知っていた。
誰も、悪人じゃなかった。
揃っていなかった。それだけで、壊れた。
「だから……」
男はゆっくりと息を吐いた。 止める者が、 導く者がいなければならない。 そうでなければ、人は必ず壊れる。
男は顔を上げた。 闇の中に、山の塔が静かに立っていた。 その頂点で、青白い光が低く脈打っている。
彼は一歩、歩き出した。




