10月22日(土) エメラーダ
とんだ目に遭った! あのクッッッソ汚いくて臭いアワーグラス・リバーに30分も胸元まで浸かってるなんて!!
803号室のメアリーの「川流し」。よその種族の伝統だからね、とやかくは言わないよ。トランス・アニマルだってそれぞれ、種族ごとに独自の風習を伝えてきている。お前の一族が寝る前に必ず、枕を手で3回叩く癖があるみたいにさ。
ディズニー・ワールドのクッキー缶へ寝かされる直前、メアリーが突然暴れ出して、仲間から総出で抑え込まれて蓋を下されたこと。何重にも巻かれたダクトテープが剥がれる勢いで彼女が内側からバンバン缶を叩き、泣き叫んでいたこと。そしてそれを、他の妖精たちは「いつものはなし」と一顧だにせず川へと運んでいったこと。俺が口出しする謂われなんてない。彼女達が言うならそうなんだろうさ。ただ、儀式はもっと粛々と進むものかと。
幸いメアリーも、23番埠頭へ辿り着いた頃には精も根も尽き果てたのか、大人しくなっていたから良かったけど。
朝の4時前、朝日が上り始めた頃を見計らって、穏やかな水面を滑り出した缶を見送りながら、妖精達が歌う"ミスター・ブルースカイ"(意外とミーハーだね)明け方の冷たく澄んだ空気の中、緑色をした川と朝焼けのオレンジ色に染まった空の狭間を割るようにして、夢の国がプリントされた缶が静かに流れていく。雰囲気はまるで春の祭りのように華やいでいながら、どこか厳粛で、俺も眠たい目なんかしてられないなと、思わずしゃっきりと背筋を伸ばしたよ。
そんな幻想的な空気へ浸っていたのに! あのカラスめ。あいつ、まちがいない。チェリーのプランターに悪さをしている奴だ。まさか缶をつついてひっくり返そうとするなんて!
石をぶつけて追い払ったから連れ攫われるのは防げたけど、缶は進路が逸れて渦に飲まれてしまった。
あの時の女の子達達の嘆きようと言ったら! メアリーが妖精の国へ帰れなくなってしまう、何とかしてくれとあんな悲しげな声で訴えられたら、お前が川へ飛び込む必要性に駆られたのも仕方がないと思うよ。
俺は途中で足が攣ったし(もう川の水があんなに冷たいなんて!しがみついた挙句すっ転ばせてごめんよ)浅瀬に移ったけど、お前も断ればいいのに、妖精達へせっつかれて水の中へ潜ってまで探したりするもんだから。
お前は自分で思ってるより優しい奴だよ。きっと、アレイやアズールよりも、余程ね。それって、アルファとして重要な素質だと俺は思う。
結局あのパッシモーニって人魚の子が見に来て、もう無理だから諦めなさいって言うまで30分近く……それにしても、偶然っておかしなものだ。まさかこんなところで、ピムスモーニやサンジェルマンモーニの従姉と会うなんて。
彼女は川の中州で、最近流行りのバルをやってるらしい。マティが行きたがっていた店だ。近いうちに連れて行くよ。パッシモーニも名刺をくれて、スタッフに話を通しておくって行ってくれたし。
妖精達も一通り泣いたらすっきりしたらしくて、ルームサービスのフォンダンショコラとタピオカチーズティーを飲みながら寛いでいる。終わりよければ全てよし、それに、怪我の功名もあったしさ。
出勤前に一度家へ帰って、一時間くらいバスタブで湯に浸かってたけど(まるでチェリーみたいに!)まだちょっとゾクゾクする。この前ロベルタにもらった葛根湯を飲んだ。
おかげでトーピードの見送りがギリギリ到着になってしまった。彼女もフランスなんかへ何をしに行くのか、知り合いの遺体を引き取りに行くんだっけ? 急な話でびっくりした。まあ、彼女のことだから、どこへ行っても大丈夫か。
「お前らも人間よか頑丈と言え、所詮は有限の生き物だからな。迂闊にくたばる真似はするなよ」って、彼女、珍しくちょっと感傷的になって俺の頭を撫でてからタクシーに乗って行っただろ。あとお前にも一言耳打ちしてたっけね。何だか変な感じだ。
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