5月9日を振り返って エメラーダ
ヤれるかもって期待してたのは認める。
彼女はブルネット、というか漆黒に染めた短い髪が、ヘアドライヤーをかけすぎて、タッセルみたいな房になって耳の上でパサついていた。
珍しく寄席芸人みたいに話しまくって疲れた俺が彼女の隣へ腰を下ろし、クッションをバウンドさせると、ミュウミュウのアイウェア越しに、至極不審そうな上目遣いを向けてきた。コーラル色の肌へ完璧に同化した口紅が、パンチの入ったグラスから外れて億劫そうに開かれる。
「場所と相手間違えてるよ」
俺は自分が半日前に部屋へ運び込んだメロウコーンのボトルの首を砕きそうなくらい強く握りしめていて、30秒ほど黙っていただけなのに、ほんとにほんとにメロウな気分になっていて、だから取り繕うこともなく言い返した。
「偉そうな文句叩くなよ。このカウチは1匹掛けじゃない」
乱暴な口をきかれると思ってたなかったのか、彼女は明らかに目を丸くしていた。ピンク色のレンズ越しに、緑の瞳の中で細まった瞳孔を目にして、俺の疑問は確信に変わった、彼女はお仲間だってね。
そしたら誰かが、ハラペーニョ味のプリングルスが山盛りになったボウルを回してきた。それでもう、十分だった。
30分くらいは2匹で菓子を食っていた。集会へ参加しているみたいに無言のまま。ボウルは誰にも渡さなかった。彼女はおしっこの為に1回、酒のお代わりをする為に2回、席を立ったけど、その度に戻ってきた。
客は多かった。楽しんでいるのはパーティー自体を気に入っているのか、それともこの場に存在を許されているからだろうか。イエティのDJはちょっとフォークっぽいエレクトロニック・ポップを掛けたと思ったらをピコピコしたリバイバル・ディスコ調の曲を掛けたり。1304号室の方だ。そっちはとにかく、客がピンボールみたいになっていたけど、1303号室は少しマシだった。でも薄い壁越しだってバイブスは十分感じ取れて、足裏じゃ毛足の禿げた青い絨毯が時折微かにのたり、のたりと波打っているかのよう。緑色をしたカウチは、静かな湖面に浮いた船。揺蕩ううちに、まるで水位がちょっとずつ上がってくるかの如く、感情が高められる。
それでも俺は往生際も悪く、行き来する人の合間から、象牙色の壁へなすりつけられたコールボーイの血を眺めていた。茶色く変色して、髪がちょっとへばりついている。元は何色だったんだろう。彼の不潔だけどしっかりした生き物の匂いが、こっちまで漂ってくるかのようだった。既に室内は、加湿器に血を混ぜたかの如く鉄錆の臭気がふんわり満ちていたのに。
俺の凝視に気づいた隣の彼女も、やがて同じ方向を見つめ始める。誰かの嬌声と、パタパタ騒がしい足音なんかに消されないよう、俺ははっきりと言った。
「君、ちょっとだけ切手の糊の匂いがするね。手紙でも書いたの?」
向こうの部屋から聞こえる、キャーって鋭い歓声に負けないくらい、彼女は高い声で笑った。明らかに緊張してヒステリックになっていたけれど、それを彼女は悪いものだと感じていないようだった。もちろん、俺自身も。
「仕事中にお手製のダイレクトメール300通作ってたんだよ」
「嘘だろ。アナログ過ぎる」
「老人向けにね。500年も生きてたら、電子メールどころかググることもできない奴っていっぱいいる、馬鹿みたい」
2匹でポツポツと、でも決して途切れることのない会話は心地よかった。彼女が俺の方に少し身を寄せてきた。俺も彼女の2倍くらい距離を詰めた。彼女の頭に顎を乗せて、髪の匂いを嗅いでいたら、やたらと喉が渇いた。行儀が悪いのを承知でコーン・ウイスキーを飲み干してしまった。酔って琥珀色のフィルターをかけられたような世界、黄ばんだシャンデリアの光がパラパラ彼女の艶のない髪に反射して、星をプリントした黒い川のよう。
そこへ行けばヤレるだろうって、俺は最初から期待してたんだ。陳腐な話に聞こえるかもしれないけど。




