39.5.獣人達の因果
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「……あれ? もう終わり?」
静かな公園に,底抜けに明るい声が落ちた。
沈黙の中で,空虚な言葉が反響する。
幾重にも折り重なった木々の隙間から,杖の宝石飾りが覗いていた。
その持ち主の姿は,木々に押し潰されて見えない。
緑髪の少年が視線を巡らせると,怯えたような黒橡の瞳と目が合った。
「きゃさりん……しんじゃったの?」
ゆめが震えた声で問う。
対してグロースは,わざとらしく首を傾げた。
「さぁ? まだまだ戦いはこれからだー! とは思ってたんだけど」
こんなに弱いなんて想定外だよ と続けて,困ったように笑う。
「……きゃさりんは弱くないよ! みんな,強いもん」
潤んだ目で反論するゆめを,グロースは呆れたような表情一つで否定した。
「じゃあ,何で今負けたの? ……本気で僕達四天王に勝てると思ってた?」
「……うぇるふぃまには,勝ってるし」
ゆめが小さく答えると,グロースは少し眉を上げる。
「あー,それね。これってネタバレしちゃって良いんだっけ? あ,ダメか」
一人で話し始めたグロースに,ゆめは目を瞬いた。
だが,それと同時に思い出す。
『……勝てなかったらどうなるんだろう』
『その時は全力疾走だね』
ウェルフィマとの戦いの時,ベリーが言っていた言葉だ。
キャサリンの安否がわからない今,ゆめは完全に負けている。
なら,敵の注意が逸れている間に,逃げなくては。
キャサリンが死んだとは思いたくないが,ベリー達を呼んできて助けてもらうことは出来るかもしれない。
そう判断して,ゆめは静かに後退る。
息を潜めて後退し続け,公園の端に辿り着いた。
グロースは未だに一人で何かを喋り続けている。
あと少ししたら,全力疾走しよう。
そう心に決めたゆめは,更に一歩後退る。
__運が悪かった。
パキッという軽やかな音が公園に響く。
ゆめが涙目で足元を見ると,綺麗に折れた枝が転がっていた。
音に反応してグロースが振り返る。
その目は呆れているようで,面白がっていた。
「逃げれると思ったー? もうここは,僕の縄張りなのに」
可笑しそうに笑うグロースの背に,大きな緑の羽が広がる。
ゆめは息を呑み,人化を解いて駆け出した。
本来の犬の状態の方が速く走れるが,鳥の飛行速度には勝てない。
一瞬で追いつかれたゆめは,頭を掴まれて宙に浮く。
「はーなーしーてー!!」
「やーだねー!」
けらけらと子供のように笑って,グロースは空を飛び回った。
ゆめが悲鳴を上げて暴れる。
「あのさー,そんなに動いたら落ちるよー?」
「ひえっ!?」
木の上に立って,グロースがまた笑った。
下を見て青褪めるゆめを目線の高さまで持ち上げて,黄緑の目を細める。
「ここなら二人で話が出来るでしょ? 僕はお前に聞きたいことがあるんだ」
突然声のトーンが落ち,冷たい表情に変わった。
震えるゆめに,言葉を重ねる。
「お前は,神狼国の『明星』だよね?」
沈黙が落ちた。
恐怖で揺れていたゆめの目が,一点で停止する。
その瞳が持っていた光が消え,虚空を覗くような黒の目に空が映った。
数秒の静寂のあと,ゆめは静かに瞬く。
「……どうして貴方が,それを知ってるの?」
怯えるような,困惑したような声だった。
グロースは少し考えるように間を空ける。
「見ればわかる。僕も同じだから」
ゆめの目が大きく見開かれた。
困惑が驚きに変わり,初めて相手をはっきりと視認する。
そして気がついた。
ずっと笑みを浮かべていた表情の中で,その黄緑の瞳は微塵も笑っていなかったことに。
「それで,同じ明星としてお前に提案があるんだ」
同じ高さにある瞳を眺めて,グロースが笑う。
ゆめは困惑と警戒が入り混じった表情で,続きを促した。
「お前達犬獣人も,魔王軍に入ってくれない?」
風が一層強く吹く。
静かに告げられた言葉が,ゆめの耳に届くまでにラグを生み出した。
「……どういう,こと?」
ゆめの声が震える。
グロースは落ち着いた様子で言葉を続けた。
「僕達鳥獣人と,お前達犬獣人はかつて争った歴史がある。だから今でも仲が悪く,僕達はわざわざ魔王軍に入ってまで敵対の意思を示してきた」
犬獣人であるキャサリンから聞いていた話とは乖離がある。
淡々と語りは続いた。
「でも,僕達はどうだろうって思うんだよね。現に明星であるお前とは,これが初対面だ。なのに,争う必要なんてあるのかな?」
「……確かに」
反論しようとした言葉が霧散し,ゆめは小さく頷く。
まだゆめの内心が揺れているのを見越して,グロースは明るい笑みを貼り付けた。
「どうせなら,誰も戦わなくて良い世界の方が,楽しいんじゃない?」
ゆめの表情が驚きに変わり,瞳が輝く。
小さく口が開いた。
だが,ゆめの言葉が発されることはない。
二人の後ろに突如現れた影が,一瞬でゆめを引き摺り落とす。
鋭い風が刺さり,グロースの腕がローブ越しに引き裂かれた。
「あのさ。私のゆっちゃんに何言ってるの?」
黒い影が,言葉を発する。
大事に抱え込まれたゆめの双眸が見開かれ,安堵の涙が溢れた。
腕の痛みに顔を歪めたグロースに,容赦ない雷が落ちる。
現れたそれは,黒い毛並みの狼だった。
犬獣人であるキャサリンの,本来の姿。
本来の力を解放した狼は,目の前の敵を冷たく眺めていた。
最後までご覧頂きありがとうございます。
一言:この回では殆ど二人しか喋っていません。
……誰にもわからないような話で一話使ってるんですね。
追記:誤字を発見しました。(7/20 修正済み)




