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29.薔薇の記憶

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 ーーーーーーーーーーーーー


 一人の少女が,平坦な道を駆けて行く。

 太陽の光をけるように,整備された道の日陰の下を駆けていた。

 少女はどこまでも透き通る赤い髪を揺らして,こちらを見る。

 楽しそうに笑う少女が,やけに白い手を振って自分を呼んだ。

 それに答えたいのか,自分の足が少女の方に向かう。

 あと少しで手が届く。

 そう思った時,少女の笑みがゆがんだ。

 同時に少女の周囲がゆがみ,黒く染まっていく。

「____!」

 自分の喉から出たそれは,少女の名前だった。


 ーーーーーーーーーーーーー


「__ベリー?」

 リリーナの穏やかな声音が耳に届き,ベリーは眠りから覚める。

「……おはよ?」

 目をこすりながら返すと,リリーナは少しだけ目を吊り上げた。

「おはよっていうか……うなされてましたよ。悪い夢でも見たんですか?」

「ぅえ……? 別に悪い夢じゃないよぉ」

 じゃあ何で? と言いたげな視線を受けても,ベリーはふわぁっと欠伸あくびをしてから答える。

「……懐かしい夢。小さい時に,そんなこともあったなー……って感じの」

「そうですか……」

 リリーナは何か言いたそうにしていたが,ベリーの表情を見て思いとどまった。

 今まで見たこともないような,リリーナが思わず言いよどんでしまうような,そんな表情が浮かんでいる。


「おはよー……。何かゆっちゃんのこと話してた?」

「話してないよぉ」

 ね起きてから開口一番にそう訪ねたキャサリンに,ベリーが苦笑しつつ答えた。

「ゆめ……食べる……からいのやぁだ……むにゃむにゃ」

 当の本人はまだ夢の中にいる。

 それを愛おしげにながめたあと,キャサリンは大きく伸びをして普段通りの表情に戻った。

「そういえば気になってるんだけど」

「んー?」

 寝る時に抱いていた大きな苺のぬいぐるみをしまいながら,ベリーが首を傾げる。

「あの二人どこ行ったの?」

 キャサリンにつられて視線を向けると,あの二人__リオンとミーシアが寝ていたところには誰もいなかった。

「二人なら早くに起きて,魔物狩りに行きましたよ」

「リリーナも起きてたんだ」

 朝食の準備をしていたリリーナの答えに,ベリーがズレた反応を返す。

「戦闘狂なの? あの二人」

 キャサリンは呆れたようにそう呟いてから,ゆめの分の食事を取り分け始めた。

「……むにゃ……ゆめ……食べちゃだめぇ……!」

「ゆっちゃんどうしたの!?」

 ゆめが叫んで飛び起きると,キャサリンが咄嗟とっさに杖を構えて問う。

「テントの中で魔法使わないでください」

 リリーナのこぶしが落ちた。


「ご飯は今日も美味しいねー!」

「魔王領の前で食べるご飯は良い」

 犬形態に戻ってご飯に夢中になっているゆめに,リオンが無表情に笑みを混ぜて賛同する。

「魔物に取られたりしないよね……?」

「先程リオンさんと狩ってきたので,大丈夫だと思いますよ」

 ハッとしたように周囲に視線を巡らせるベリーに,ミーシアが朝食を片付けながら微笑んだ。

 リオンさん,本当に強いんですよね……と若干遠い目になったミーシアに頷いて,リリーナが言葉を続ける。

「この辺り一帯に私が常に防御魔法を張っているので,余程強い魔物がいない限り,特に問題ありません」

「常に防御魔法を張っている……?」

 手に持っていたパンを取り落として復唱するキャサリンとは対称的に,ベリーはかなりどうでも良さそうにほへー……と口に出しながら,サラダを頬張ほおばっていた。


 食事を終えた一行は,テントをしまってその場を去る準備を始める。

「……何か,嫌な予感する」

 やることもなくて魔王領を眺めながら鎌を磨いていたリオンが,ぽつりと呟いた。

「え?」

 ベリーが手を止めて問うと,リオンは暗雲の中をにらむ。

「__()()()()

 その言葉が,引き金だった。


 何もない果てしない草原に,旋風せんぷうが巻き起こる。

 それと同時に,リリーナの防御魔法にヒビが入った。

「は!?」

 杖を構えてゆめを庇う位置に立っていたキャサリンが目をく。

「……最上級のいつものあれなんですけど」

 かつて魔王が破壊したその魔法にヒビを入れることが出来るのは,魔王同等の力を持つ者と見て間違いない。

 それを理解したのか,ベリーが目を丸くする。

「やばいじゃん!」

「やばいんですよ!」

 その瞬間,防御魔法が音を立ててくだけ散った。


「__何よ,()()()()じゃない」


 高圧的で,それでいて優雅さを感じさせるんだ声が響く。

 雲の隙間から差し込むわずかな日光が,舞い落ちる破片と,まぶしい赤をきらめかせた。

 軽やかに降り立った少女は,薔薇赤ローズピンクの瞳を細める。

「……魔族?」

 キャサリンがそう問いながら,迷わず雷魔法を落とした。

 少女がそれをけずとも,その背後に立っていた巨大な獅子がはらう。

「『違うわ。違わないけど』」

 呆然ぼうぜんと眺めていたベリーの,記憶の中の少女の声が重なった。


 その時の自分の言葉も,同時によみがえる。

『お姉さん,悪いやつなの?』

『違うわ。違わないけど』

『じゃあ,お姉さんはお名前なんていうの?』

『名前? ……そうねぇ,私の名前は____』

 忘れていた会話が,記憶が,日常が脳裏のうりを駆け巡った。


「__ローズ姉?」

 ベリーの言葉に,リリーナがハッとしたように視線を向ける。

 少女の口元がわずかに釣り上がった。

「覚えてたのね,ベリー。何年振りかしら」

 事情を知らない四人が困惑を浮かべる。


 それを一瞥いちべつしてから,少女は軽く微笑んで見せた。

「良いわよ。自己紹介をしましょう」

 どこか幽鬼ゆうきめいた足取りで進み始めた少女が,獅子をその場に残して一瞬で移動し,ベリーの目の前に現れる。


「私は四天王の紅玉ルビー,()()()()()・シルヴィラッティ。ローズと呼んでくれると嬉しいわ」



最後までご覧頂きありがとうございます。

一言:留めに留めたローゼリア嬢のご登場になります。

   何だか今回は傍点が多いですね。まぁ大事なところですから。

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