CHAPTER2 第二話
「メルト……ヒューズ……だって?」
「何だ、知ってるのか?」
「当然だろ……でもそいつ、死んだんじゃないの?」
メルト・ヒューズ、それはモルト・ヒューズの息子娘の中の一人だ。
モルト・ヒューズとは、今現在のこの世界で最も強い権力を持ち合わせている男。
彼は能力者ではないので、政界にも入り込めているし、この頃では最も大きい企業をも五十という若さで牛耳っている。
そして彼自身が能力者を嫌っているというのに、その嫡男嫡子四人は、皮肉にも全て能力者だった。
年上の方から順番に、メルト、ムロス、ミスト、マルコだ。
そしてそのうちの年上三人、メルトとムロスとミストは数年前のテロか何かで射殺された筈だ。
その時に幸運にも生き残ったのが、マルコ・ヒューズただ一人。
それなのに、夢に出てきたのは死んだはずのメルト・ヒューズだという話だ。
これは一体どういうことなのだろうかと俺が頭を抱えていると、兄さんが説明を続けてくれた。
その話は本当に、残酷な惨劇の幕開けとなった。
「俺が寝たその瞬間なんだと思う、あいつが俺の世界に入ってきたのは……」
――――――――(渡視点にチェンジ)
「初めまして、私、メルト・ヒューズと申します」
いきなり眠った俺の意識の中に入り込んできた、そいつの第一声はそれだった。
状況の説明も、俺への干渉も一切無く、ただ淡々と自己紹介をしていた。
ピンク色の長髪で、サングラスをかけていた。そして服装は喪服だったと思う。
顔はかなり不鮮明で覚えられていないけど、冷徹そうな顔つきという印象を受けたのを覚えている。
そこで彼女はいきなり一礼し、もう一度口を開いた。
「あなた方はこの夢の後に目を覚ますでしょう。目を覚ましたそのさらに翌日から、競技会<コンテスト>が始まります」
「コンテスト……だって?」
申し訳ありませんという一言を添えて、俺を抑制するようにしてあいつは手をかざした。
まことに残念なことですが、あなた方の発言権は認められていません、そう言われた瞬間にカッとなりそうになったんだけど、必死で押さえ込んだ。
ここは相手の能力の発動している場、下手に反抗すると、かなり危ない。
そして、静かになった俺を見据えて、よろしいとたった一言零して、そいつは説明を続けた。
「競技会、それは簡単に言うと殺し合いです。能力者同士が命を取り合い、最強の能力を決定する、品評会です」
「殺し……って、てめぇ、そんな事誰が……」
「では、戦意喪失し、勝手に殺されて下さい」
抗議する俺の声を遮って、冷徹な、と言うよりも無感情に言葉を吐き捨てた。
黙っていろという無言の圧力が、いつの間にかその場を支配していた。
その表情から受け取ることができたのは、何だか飽き飽きした感じ。
多分、彼女は世界中の能力者に呼び掛けているのだろう。
ひたすら休むことなく、片っ端から就寝した者達に。
「生き残るために闘え、そういう訳です。では訊きたい事があるなら、今から聞きますが?」
「…………ノーマルは、どうなるんだ。能力者がそこいらで争ったら、犠牲者が……」
「キャンセラーを使えば、その心配はありません」
「身内同士で戦いたくなくて、最後に戦わなくなったら、どうなる?」
最強の能力を決める、たったそれだけのためにアルトや父さん母さんを手に掛けたくなかった俺はそう訊いてみた。
すると、今までの説明には不足があると、前置きとして謝罪し、また語り始めた。
「最後まで生き残った方には賞金を差し上げます。一生を遊んで暮らせるほど巨額な金を。最後に、あなたが想定するケースに蜂着した場合、同率一位と見なし、賞金を山分けさせて頂きます」
「賞金……。そんなものを出してまで、どうして最強の能力を決める必要がある……?」
だが、その問いには、もう答えてもらえなかった。夢想空間に、ベルが鳴り響いた。
慌てたメルト・ヒューズは早口で最後のルールを言い終えた後に、俺は目覚まし時計で目を覚ましたって訳だ。
最後のルール、それはこれから先、ルールや現在の情勢に対して疑問を感じた時、何が起きたか知りたい時、眠りに就くとメルト・ヒューズが教えてくれる、とのことだ。
彼女の能力、“夢想世界の絶対覇者<エンペラー・イン・アスリープ>”によって。
――――――(爽視点に戻る)
「それで、目を覚まして、俺の叫び声を聞いて下に?」
「そうだ、万が一の事があったら困るからな」
万が一の事があったら、そう言われても俺にはいまいちピンとこなかった。
何しろ、夢の中でメルトが言う話によると、非能力者である俺は、キャンセラーの効果で守られる。
しかも、能力者じゃないから自分から戦いにいく訳ないし、競技会の事も今のが初耳だ。
それなのに兄さんは、何を心配していると言うのだろうか?
でも、それを一々、今このタイミングで言及できるほど、俺のメンタルは強くない。
今の兄さんの説明で確かになった事はたった一つ。両親の死は、紛れもなく事実。
放任主義だったけど、父さんも母さんも、愛情を注いでくれていた。
それを痛いほどに思い知った今、俺の取った行動は、泣く、それだけだった。
本当に、あいつの言う通りになった。俺にとって透明な死神っていうのは、競技会の事だったんだ。
能力を持たない俺には触れる事すら叶わない、止めることのできない災厄の使者。
でも、周りにいる能力者……兄さんやアルト、恭子……そして両親を奪っていくってことなのか……?
騒いでいる群衆の中から、一人の少年が躊躇なく家の中に入ってきた。
別に俺は、その少年を止めるつもりはない。アルトだからだ。
特徴的な金髪を見て、すぐに判断できた。流石に緊迫した表情でやって来る。
よくよく見ると、俺たちの家だけでなく、アルトの家も、周囲の家のほとんどが半壊していた。
「何だよこれ……誰が、こんな事……」
「分かんないよ、僕にも。ただ、生き残ってる能力者には、一つの共通点があるんだ」
「共通点?」
哀しみに呆然とし、竦然とし、馬鹿みたいに口を開けっ放しにしていただけなのに、不意に口から言葉が出てきた。
それに答えるようにアルトが口を開いた。その声は確かに、震えていて、顔は青ざめている。
多分、今の俺もこんな感じだろう。
「無事な人は全員、ついさっき起きたばかりらしいんだ……」
それが一体、何を暗示しているのかは分からないけど……、そう付け足してからアルトは、辺りを見渡した。
ついさっき、俺自身がしたように。まるでスプーンのようなものに刳り(くり)貫かれた建物の残骸。
悠久の時の流れに放置されてしまったかのような、白骨がゴロゴロと。
敵は複数人いるようで、その上、この一帯を襲ったのは全てそいつらだろう。
ふと、道路を見渡すと戦闘痕のようなものが周囲に大量に残っていた。
アスファルトについた爪痕は、お隣に住む唐谷さんの“獣人変化<ビーストアウト>”による、熊や狼の状態での引っ掻き傷だろう。
道路が陥没し、穴を開けているのはきっと斜向かいの品川さんの“罠師<トラップメイカー>”だと思う。
だけど二人とも、もう、生きてはいないのだろう。ゴロゴロとそこいらに転がる“成れの果て”の中に、二人とも隠れているのだろう。
今になってだ、ようやくだ。
こんな情景の中に居座っていて、今の今になって感じる気持ちがあった。
悲しみは、もうとっくに感じていたし、怒りだって既に沸々と滾っている。
だけど、あまりの驚きのため、未だに恐怖は感じていなかった。
だが、一度感じてしまうと、もう否定はできない。
カタカタと揺れる自分の体のせいで歯を打ち合わせてしまい、ガチガチと強い音を上げてしまった。
こんな景色、見たくもないのに、目を見開いてしまい、視線を逸らせずにいた。
寄り添う二体の骸が、父さんと母さんが黄泉の国から手招きしているように見えた。
だが、横にアルトがいることを思い出した俺は、平静に務めようとした。
隣で黙々としながら、今にも泣きそうな涙を堪えている。
弟分が大変な時には、兄が支えてやらないといけない。
それを俺が理解すると同時に、兄さんが口を開いた。
その声は、いつもと比べると抑揚無く、ぽつり、ぽつりと零しだすようなものだった。
「とりあえず……無事な知り合い、捜そうか……」
たとえ、それが敵になったとしても、声には出さないがそういう注釈が入っているような気がした。
その時にふと気付いた、なぜこの襲撃者が寝ている者を襲わなかったのか。
別に根拠は無い、でも、知りたいと思って浮かんだ案が、妙にしっくりときた。
もしかしたら、犯人は愉快犯なのかもしれない。
戦闘や、断末魔を求め、そこに快楽を見いだす存在。
そのためには、対象が死んでいてはつまらないのだ。
「やった人は……絶対許さない」
普段にこやかなアルトがその表情を崩す。眉間に皺を寄せて、目の端を吊り上げ、目元に涙を溜めて、歯を食い縛っている。
そこに一人の男性が歩いてきた。
周囲に散乱する瓦礫を蹴飛ばす音に振り向いた俺たちは、その人を視界に入れる。
その姿には見覚えがあった。俺の学校の担任の先生だ。
「足尾先生……」
「こっちは凄い事に……なってるな」
通勤……っていうか通学(?)途中の先生がそう言った。
スーツに身を包み、揃えられた短い黒髪が風に揺らされている。
ネクタイは、寸分たりとも斜めにずれるような気配は無く、下に着ているシャツは、一番上まできっちりと留まっている。
メガネをかけている先生の顔つきからは、真面目で几帳面という印象を、初めて会った時から受けた。
そして、実際先生はとある困った性格を持っていたのだ。以上過ぎる綺麗好きという……。
「大宮達の……仕業だな」
確かにそう、足尾先生は口にした。
大宮という名前を聞くと、ハッとした顔つきになった兄さんが、都合悪そうな視線になる。
俺は会ったことはないが、かなりヤバそうな人間のようだ。
そしてその名字を持つ人が、先輩に居たことを思い出す。
確か、大宮 時人、度々事件を起こしては謹慎を喰らっていた、超のつく問題児。




