CHAPTER2『開戦』 第一話
――――――ねえ知ってる? 君の知らないうちに死神は迫っている。君にとっては透明な死神、でも君の護りたい人にとっては何よりも暗い闇なんだよ。護りたいでしょ? だからそれを……僕に譲りなよ。
「何だよこの夢……今までこんなの、無かったのに……」
ベッドの中で汗びっしょり、全身が寒くて寒くて仕方が無い。
夢に振り回されるなんて子供みたい、そうアルトに言われたばっかりなのに、この夢が俺にとって、本当に怖くてならなかった。
何だか、夢の中に出てくる翡翠の目の少年が、他人のように思えないのだ。
まるで、兄さんやアルトみたいに大切な存在みたいで、家族みたいで。
つまりは、自分の命と同じぐらいに大切な気がする。
そして、リアリティがあると言えば彼のセリフもだ。
でたらめを言って脅迫しているようにも、からかっているようにも取れない。
この先に起きる出来事を的確に暗示している、そういう気がする。
なんで彼がそんな事をしてくれるのかは分からない。でも、分かるような気もする。
俺があいつに親近感を覚えているように、あいつは俺を救いたいと思っているのかもしれない。
それよりも、俺にとっては透明な死神って……どういう事だ……?
考えても、一向に答えが見つからないのが酷くもどかしい。
かゆい所に手が届かない、そんな感じ。知りたくても知りたくても、誰もあいつの事は教えてくれない。
翡翠の目の少年に問いたい、君は誰なのかと。
ゾクリと、脳の中の方に冷たい感じがした。
これ以上は踏み入ってはならない一線のようで、委縮してしまっている。
じっとりと貼り付いてしまっている寝巻の冷たさが、この先の恐怖をどことなく知らせていた。
アルトも兄さんも、恭子も……俺の大切な人達皆が知っていたことなのに、俺だけが何も知らなかった。
俺一人が、持たない人間だったから。
もう一度布団に入ってみて、枕元の時計に目をやった。まだ夜中の三時、まだまだ眠れる時間の筈だ。
それなのに、目を閉じても睡魔は一向に訪れなかった。
それどころか、時間が経つにつれてだんだん目が冴えてきた。
今この瞬間に眠ったらいけないような気がした。
――――――
「結局、一睡もできなかったな……」
翌朝、とうとう寝付けなかった俺は、ベッドの中からムクリと起き上った。
あんなに目が冴えていたのに、今となっては凄く体がだるい。少し気持ち悪いし頭痛もする。
完全に寝不足だな。
それでも、今日は流石に学校に行かないと不味い。
急いで朝ごはんを食べに下に向かおうとした。
あくまでも、向かおうとしただけで、一階にはたどり着けなかった。
理由は、普段使っている階段が無くなっていたから。
というか、家がほとんど削り取られてしまっていた。
かろうじて無事なのが俺と兄さんの部屋ぐらいで、その下の一階も一応が無事だが、大部分がなくなっていた。
境界線を見ると、どうにも壊されたというよりも、切断されていた。
切断という事で、兄さんの“全てを貫く大槍<グングニル弐型>”を思い浮かべたがすぐに否定する。
兄さんがこんな事をするはずが無い。
何とか、非常用として二階に備え付けられている梯子を使って、俺は一回に降りた。
焦り過ぎて落ちてしまいそうになったけれど、とりあえず無事に一階にたどり着いた。
よくよく現場を観察してみると、何かが奇妙だった。
家の半分以上が消失しているのに、隣の家の塀がすぐそこにあるのだ。
まるで、空間ごとその場から削られてしまったみたいに奇妙な現象。
やっぱり、こんな事は兄さんにはできない。空間干渉能力者にしか……不可能。
父さんと母さんの寝室は自分の部屋の真下。それを思い出した俺は急いでそっちに向かおうとした。
何だか嫌な予感がする。自分の動悸が自分の耳にまで届くのが、感じられた。
その代わりに、息切れが遠い。
何度もこけそうになって、両親の寝室の前にたどり着いた。足が竦み、腰が引けている。
案の定、そこに二人の姿は無かった。急いでUターンし、走る。
もう一度、天井の見えるリビングにたどり着いた時、何かに足を引っ掛けられて、本当に転倒する。
ゴロゴロと転がり、全身を床に打ちつけ、顔をしかめた。
一体何だと思いながら、そっちに目をやった時に、ぞっとした。
そこにあったのは、二つの骸骨。全身の骨が、一つも欠けることなくそこに転がっていた。
思わず、俺は唾を呑んだ。目の前にある現実が中々信じられなくて、ただ茫然とした。
嘘だろと、掠れた声で呟きながら、白い、模型のようなそれに、そっと手をやった。
本当にこれが、人のなれの果ての姿なのかが分からない。
何億年も空気にさらされてしまったかのように、冷たくて人間離れしていた。
次の瞬間、もっと俺は血の気が引いた。
片方の骸骨、その頭蓋骨の、歯の部分が、俺の視界に飛び込んできた。
右側、奥から三番目の上あごから生える歯が金歯になっている。
この位置は、母さんが金歯を付けているのと、全く同じ位置だ。
まさかと思ってもう一方の、どちらかと言うと身長の高い方の骨一式にも目をやる。
父さんは、幼い頃に大けがを負ったらしい。
そのせいか、今でも顎の辺りの骨が一部損傷しているらしい。
緊張しながら、もう一体を、おそるおそる確認する。
まずは腕が目に入る。少しずつ、俺の視線は上がって行く。
何本も、肺があった場所を取り囲む肋骨が見える。
さらに視線を上げると、七枚の首の骨。そして、最後に確認するはあごの骨。
正直、最初から予想出来ていた。あごには、一本の斜めに入った欠けがあった。
「ああああああぁぁあああぁぁあァあっ!」
最初に俺の閉じた口を突いて出てきたのは、大音量の叫び声。
どこまでも広がる蒼い空、だというのに限界を通り過ぎて空を破って、その外にまで届くような金切り声のような、俺の声。
何事かと思って集まった野次馬の目が、視線が、突き刺さってきて、凄く痛い。
でも、麻酔がかかったかのように、すぐにその感覚は無くなった。
まず、何が起きたのか全然理解できていない、っていうのが大きい。
本当に、どんな悪魔が災厄をもたらしたら、原型を留めたままで白骨になるのか分からない。
それも、一夜のうちにだ。
ご近所さんは俺が非能力者であることや、兄さんの能力を知っているから、家庭内での戦争ではないと分かったらしい。
それでもこの惨状に、皆が顔面蒼白だった。
そんな中で一際強く俺の脳裏に焼きついた言葉は、「あの夢は本当だったんだ」との呟き。
その言葉に、昨日のことを思い出した。アルトと兄さん、そして恭子が夢について語っていた。
それに、何かしらの関係があると思った俺は、兄さんに訊こうと思い、立ちあがった。
その拍子に、丁度降りてきた兄さんが俺に声をかけた。
「……何なんだこれっ……!」
やっぱり、最初に出てくるのはそういう言葉みたいで、ただ呆然としている。
兄さんが、そういう状態だっていうのは、俺にも分かっているけど、訊かずにはいられなかった。
「夢で……夢で何があったんだよ! 外の誰かが言ってた! あの夢は本当だったんだ、ってさ!」
「……それはだな……」
「分かってるよ。大変な状況だって。俺の夢に出てくる例の子供も言ってた。俺にとっては透明な死神が、大切なもの……大切な者全部奪い去っていくって」
「……なっ……あいつが……」
酷く驚いた表情で、兄さんの表情が固まる。
さっきまでとは一風変わった驚愕の表情。どちらかと言うと、両親の死よりも衝撃が強いようだ。
事実、両親を目の前にして、疲れたような驚きだったのに、今は純粋な驚きだ。
何度か溜め息を繰り返した後に、諦めたような顔で兄さんは頭を掻いた。
これは兄さんの、妥協の合図。
「昨日……じゃないな、一昨日か。俺達の……能力者の夢の中にメルト・ヒューズっていう奴が入りこんできた」
―――――――――それが全部の始まりっぽいんだ。
CHAPTER2始まりました。
原作のストックがあまり無いのでゆっくりになってしまうので、今回はこの一話しかアップできそうにないです……。




