CHAPTER1『日常』 第三話
「うーん、開始までまだ後十分ぐらいだね」
「まあ適当に話しとくか。そういやアルト、後輩出来そうか?」
無理やり連れてこられたのだが、一応シャインには興味があるアルトは期待に目を輝かせながらステージを見ている。
しかし、まだ開演には時間が少し残っており、ちょっと暇そうなアルトは俺の方を見てきた。
中学二年で、そろそろ大人の階段を上る頃なのだから、少しぐらい待つことも覚えて欲しいのだが、そうもいかないようだ。
まあ、見た目は小学生なんじゃないかってぐらい幼いんだけどな。
実質、たまにこいつが何歳なのか俺も忘れそうになる。
どちらかというと、同年代よりも、三つや四つ年上の連中から可愛がられるらしく、たまに俺の同級生が遊びに誘っているのを見る。
そうなったきっかけは去年の祭りで、俺と一緒に歩いていたら俺が同級生に見つかって……という次第だ。
「うーん……どうだろうね。それにねぇ……どのみち僕は能力者だから試合に出れないしね……」
アルトは、俺が中学時代にそうだったようにサッカー部に所属している。
高校になったら陸上部に入ると今から言っているが、本当にブラザーコンプレックスみたいに映るからやめた方が良いと止めている。
ここでさらに陥る問題、やはり能力者は公式戦どころか練習試合にも出させてもらえない。
アルトのような能力者は、その力を使うとゲームの展開を簡単にコントロールできてしまうからだ。
未来予知ができるアルトは、もっともそういうのに向いている能力のため、絶対に出させてもらえない。
逆に、物理的に強すぎる能力者、例えば兄さんのような力ならば出場可能だ。
なぜなら、能力を使うと言う不正を働くと、すぐにばれるためだ。
しかし、アルトの“未来予知<ヴィジョンスキャン>”は他の人から見ても、使っているかどうか分からない。
「試合に出れないのに……楽しいか?」
「うーん、でもやっぱり楽しいかな。体動かすの嫌いじゃないしね」
対して筋肉がついているでもないが、アルトはかなり運動神経が良い。
確かに筋力こそ弱いが、足は速く、跳躍力もある。
サッカーやバスケなどのテクニックもかなりのもので、大概のスポーツになら順応できる。
体育の成績は、勿論最高。
正直世の中の能力者と、そうでない人の比率は4:6だ。
どちらかというと、そうでない人の方が若干多い。
そのせいで、多数派に少数派の意見がかき消されているのだ。
学校などの教育施設は、校内での力の使用こそ禁止してはいるが、それ以外は分け隔てなく接している。
政府の唯一能力者を思いやった措置として、教師には差別の無い者を選んでいる。
途端に、今まで明るかった照明が、ゆっくりと弱まっていった。
ちょっとずつ薄暗くなっていく様子は、夕暮れ時のようで、ザワザワと皆が騒ぎ出した。
これが、開演の合図だと分かったからだ。今か今かと登場を待ちかまえて、黄色い声援を喉元で待機させている。
そういう、ミーハー根性丸出しの奴を尻目に恭子は溜め息を吐いていた。
こんな奴らが多いから、アンチ“シャインファン”がつけ上がるのだ。
真っ暗闇と、待ちかまえるファンの静寂がドームの内部を包み込む中、数秒ほど何も起きない時間が続いた。
ステージが始まるのを待っている身にとっては、その数秒は何十倍もの長さに感じられる。
ふと、目も眩むような閃光が、視界中を埋め尽くした。
前列に位置していたためなのか、顔中を凄まじい熱気が襲った。
腹の奥の内臓をも揺らすほどの爆音が、耳を劈いた。
聞いたことがある、シャインは登場の瞬間に、大量の火薬を毎回使うのだと。
それを忘れていた俺と、知らなかったアルト、そして兄さんが呆気に取られる中、恭子は落ち着きながらも、嬉々としていた。
待ちかまえた観衆から、ちょっと煩い声援が上がる。
これにて本当に開幕だと思い、一旦は曲の方に集中しようと壇上の彼らに集中する。
決して、ヴィジュアル系ではないらしく、普通の私服だった。
全員に共通しているのは、一番上に黒のジャケットを着ているということで、その下は異なっていた。
自分たちのグッズの一つであろうシャツを着ているものも居れば、ピンクのTシャツの人もいた。
最初の爆発音にも負けず劣らずの音圧の演奏が始まった。
大気を揺るがすような、大きくて、鼓膜が耐えきれなくなるほどに、凄い騒がしいんだけど、とても綺麗な音楽。
演奏には何だか絵画を魅せられてるような気分になり、歌声には心を揺り動かされそうな気持になった。
この空間にいるだけで既に楽しくて、時間が経つのを忘れてしまいそうで、ファンの人が虜になってしまっているのにも納得できた。
「初めて実際の声を聞いたけど……良いな、この人達」
「兄さんもそう? 俺もテレビでしか見たことない」
「僕は普段音楽番組見ないからなぁ……損した気分」
アルトは結構残念そうにしているが、正直テレビでのこの人達はそれほど残念がるものではなかったと思う。
画面越しの彼らと、目の前に居る現状とでは全くの別物だ。
恐ろしいまでに違う、感性をグッと引き上げられたような感じがする。
もしかしたらそれは、彼らの誰かの能力かもしれないと思ったが、すぐにそれは違うと打ち消した。
彼らの腕には能力者には持つことの禁じられた能力無効化腕時計<キャンセラー>がつけられている。
つまりは全員が非能力者だということだ。
とすると、やはりカメラのレンズとテレビの画面を越えるとかなり変わってしまうものなのだと分かる。
なぜなら、映された映像には、邪魔くさい歓声が全てシャットアウトされている。
おそらく歓声も、この人達の演奏の凄さの一つになっていると仮定するしか、疑問は解消されなかった。
そうして、それこそ時間を忘れるほど曲に没頭している間に、いつの間にかもう終わっていた。
「それにしても、前に渋谷が言ってた通りだな」
「だろ? やっぱり生は違うだろ」
会場を出た俺たちは、かなり昼に近くなってしまったので、下の方のフードコートまで降りて来ていた。
起きるのが遅くて朝食を抜いているので空腹がピークに達している。
「爽兄、何食べるの?」
「何でも良いよ、アルトが好きなの選べば?」
俺がそう言うと、アルトはとても不機嫌そうな顔つきになった。
それああ意味が無いと、目で訴えてきている。
またあの悪い癖が出ているのかと、無意識のうちに溜め息を吐いた。
そろそろ兄離れしてほしいと、切に願う。
「……じゃあ、あっこの店の醤油ラーメン」
「じゃ、僕もそれにしよっ」
「俺はどうすっかな……塩ラーメンにしとくか」
恭子とその姉は、とりあえず速さを求めてファーストフード店に向かった。
正直この時代、能力使えばいくらでも保存がきくので、どの店もファーストフード店なのだが。
そういうのに適した能力者が集って業者を起こして、提示された食品を一気に保存可能にする。
その上栄養バランスは、進歩した化学の方で調整できるため、いくらでもヘルシーだったり健康的なものが作れる。
という訳で、あの二人は単純にジャンクフードが好みだと分かる。
まあ、不味くはないと俺も思うが、そこまで固執するほどではないと思う。
現に俺はラーメンの方を迷わずに取った。
汁物は、一人で三人分運ぶのはかなり危なっかしいので全員で取りに行くことにする。
なぜそこがセルフサービスかというと、食い逃げを防ぐため。
現金と品物をその場で交換しないと能力者はいくらでも食い逃げできる。
かといってセキュリティ万全にすると、堅苦しくておちおち食事もできない。
そのため、古いスタンスを取っている。
「明日が始業式かぁ……春休みも、もう終わり」
「そういや俺も学校行かねえとな」
カウンターから出てきた醤油ラーメンを受け取りながら俺とアルトは学校の再開に陰鬱としていた。
大学はもう少し休みがあるようで、兄さんはまだ休めるけど。
席に戻った俺たちは、脇に置いてある箸置きから各々の割り箸を抜き取った。
のびる前にさっさと頂くことにしよう。
混雑のせいでまだ食べるものを受け取っていない恭子たちには悪いが、先に食べる。
「そう言えば……兄さんに訊きたいことがあるんだけど」
「何の話だ?」
「翡翠の目の……少年の話」
兄さんが口に運ぼうとしている箸の動きを止める。目元の辺りが一瞬だけ小刻みに震えた。
間違いなく、兄さんは何か知っているようだ。
今までずっとはぐらかされ続けたけれど、今日こそ訊き出してみせる。
しかし、動揺はすぐに隠される。
この辺りはさすが兄さんといったところで、もうすでに冷静さを取り戻していた。
かと思えば、またその話か、と呆れた顔つきになっている。
まるで夢物語を信じる幼子を揶揄するような表情。
「ねえねえ、何の話してるの?」
「いや、爽がな、夢の中に出てくる少年が気になるんだと。何でもずっと泣いてるらしい。そして、緑色の目だって言う話だ」
「ふーん、それって……」
スッとアルトが目を細める。
いつも柔和なアルトの顔つきが、冷たく感じられたのに、一瞬身の毛がよだった。
何でそんな顔をされるのか、さっぱり分からない俺はうろたえた。
次の瞬間、はち切れたような感じで、笑い転げながらアルトは普段の表情に戻った。
「ただの夢でしょ? そんなの気にするって、爽兄も案外女々しいね……クスクス」
「なっ……! うるせえよ、アルトには言われたくない!」
「公共の場で何を騒いでいる」
おもいっきりアルトに見下された気がした俺は、ついむきになって反論する。
カッとなってしまってちょっと五月蠅くなってしまったが、それは頭を熱くしている自分には分かっていなかった。
とたん、後ろから声が聞こえてきてチョップが頭頂部にヒットする。
振り返らずとも声で分かったのだが、恭子が戻ってきていた。
手にはハンバーガーとポテトとドリンク。ようやく順番が回ってきて、買うことができたっぽい。
「じろじろ見られて恥ずかしいからやめとけって。アタシや姉貴が一緒に思われるだろ」
「いやいや、他人のふりして離れた所に座れば良いだろ」
いや、それは……と、何だか恥ずかしげに拒否した恭子が目を落とした。
何か色々とよく分からないが、もう良い。確かにこんな所で五月蠅くすると真剣に恥ずい。
「そう言えば渡くん、変な通告書って来てる?」
「変な通告書……あれか」
「それってもしかして、あの夢の中身か?」
アルトと兄さんの意味不明な問答に、何やら知っている様子の恭子が乱入した。
五人のうち、この三人の共通点は、能力者。どうやら渋谷姉は知らないらしい。
「あれって……何だったんだろうね……」
「分からん。競技会<コンテスト>、そう言っていたが……」
「ああ、最後の一人だけが甘い蜜を啜れる、だったっけか?」
「最後に残った人達が全員戦意を持たなくなれば、残った人で山分け……だっけ?」
話に没頭する三人を視界の外に追いやって、残り半分ぐらいになったラーメンに目を戻した。
改めて食べると、ここのラーメン美味しいな。結構味が濃いんだけど、あっさりしてるんだよな。
隣に座っている渋谷姉は、「なーに話してんだか」って退屈そうにしていた。
「お前ら結局何の話してんの?」
「ん? 昨日見た夢の話だよ」
「アルト……俺に女々しいとか言っといて……」
イライラしながら残った麺を全部啜った。
めでたく完食、話に没頭する二人の麺が伸びそうとか、どうでも良い。
人を馬鹿にしたくせに自分も夢の話で盛り上がるなんて、言語道断だ。
少なくとも、あの時はそう思ったなぁ……。
次の日に、競技会なんて始まらなかったら、どれだけ良かったか。
俺は、何て無力なんだろうかって、競技会の間中、ずっと思ってた。
同じ恐怖を味わうことも、中々叶わなかった。時折感じたけど、俺は傍観者でしかなかった。
人為十二年、四月八日、それは惨劇の始まり。この七日の出来事は嵐の前の静けさだった。
いや、最後の晩餐―――――――――か?
CHAPTER1・結
これにてCHAPTER1は終わりです。次のCHAPTER2まで少し間が空きますが、申し訳ございません。




