EP 8
「絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!」
ポポロ村の広場に、透き通るような美しい歌声が響き渡っていた。
ただし、歌っている内容は限りなく現金だ。
広場の中心、使い古されたみかん箱(のような木箱)の上に立ち、海中国家シーランの人魚姫ことリーザが、満面の笑みでターンを決める。
「はいっ! そこ、合いの手遅れてますよ! 五円!五円!御縁!御縁!ハイッ!」
「「「五円!五円!御縁!御縁!ハイッ!」」」
俺は、ネット通販で購入した『高輝度サイリウム(ウルトラオレンジ)』を両手に三本ずつ持ち、村の子供たちと一緒に完璧なオタ芸を打っていた。
異世界の青空の下で振られるサイリウムの光跡は、ひどくシュールだ。
「リーザちゃん! 最高だよぉーっ!」
横では、ルナ・シンフォニアがよく分からないタイミングで拍手を送っている。
彼女が手を叩くたびに、足元の草花が異常成長して花畑になっていくのが少し怖い。
あの夜の虐殺から数日。
ルナミス帝国側は『不運な火竜の襲撃』として処理を終え、力武のマネーロンダリングによって得られた莫大な裏金は、すでにポポロ村の防衛力強化と、俺のネット通販のチャージ(魔石換算)へと消えていた。
「ふーっ! 皆様、本日は『リーザの青空ゲリラライブ』にお越しいただき、誠にありがとうございました! 物販(パンの耳へのはちみつトッピング券)はあちらになりまーす!」
ペコリと頭を下げるリーザに、村人たちから温かい拍手と、おひねり(銅貨や野菜)が投げ込まれる。
平和な、本当に馬鹿馬鹿しくて愛おしい昼下がりだ。
「……おい、リアン。平和ボケしてるところ悪いが、ちょっとツラ貸せ」
熱気冷めやらぬ広場の隅から、不機嫌そうな声がかけられた。
真っ赤な鱗に覆われた腕に、身の丈ほどもある巨大な両手斧を担いだ男。
竜人族のイグニス・ドラグーン。
故郷を出奔し、ルナミス帝国で炊き出しの豚汁を食っていたところをスカウトされ、今はこの村の自警団リーダーに収まっている男だ。
「どうした、イグニス。また自警団の若い衆が魔導ライフルのお手入れをサボったか?」
「違ぇよ。……これを見ろ。西の森の見回りで見つけた」
イグニスが、ドンッ、と無造作に足元へ『それ』を投げ出した。
金属質の、鈍い光を放つ残骸。
一見すると不気味な蜘蛛や甲虫のようだが、関節部分からはケーブルのようなものが千切れて覗いている。
「魔獣……いや、違うな。ルナミスの魔導兵器か?」
「俺も最初はそう思ったんだがよ、帝国の規格がどこにもねぇ。おまけに、こいつの内部には『生命反応』の痕跡があった。まるで、死体を機械で繋ぎ合わせたような……気味の悪いガラクタだ」
イグニスの言葉に、俺は目を細めた。
前世の知識と、影丸の索敵データが、脳内で一つの仮説を導き出す。
(死体と機械の融合……。まさか、伝説の『死蟲王サルバロス』の眷属か……?)
天魔窟に潜むという、全人類の敵。
それが、なぜこんな辺境の緩衝地帯に?
「……ごくろうさん、イグニス。こいつは俺の方で、力武やリベラと一緒に調べておく」
「おう、任せたぜ。俺様は最強の竜人だが、こういう陰湿な機械いじりは専門外だからな」
イグニスは斧を肩に担ぎ直し、鼻を鳴らして去っていった。
俺は残された『死寄生蟲型』の残骸を、静かに魔法ポーチへと仕舞い込む。
三国間の牽制だけではない。
世界を根本から食い破ろうとする『真の脅威』の影が、確実にこの村へとにじり寄っている。
「——リアンさーん……」
ふと、背後から力ない声がした。
振り返ると、村長のキャルルが、ウサギ耳を床に引きずる勢いでへたり込んでいる。
「どうした、キャルル。顔面蒼白だぞ」
「と、隣の村から怪我人が運び込まれてきまして……『月光薬』で全回復させたんですけど、さすがに魔力がすっからかんですぅ……」
自己犠牲の塊のような村長は、人の良さからすぐに自分の命を削ってしまう。
俺は小さく息を吐き、彼女の頭をポンと撫でた。
「よく頑張ったな。すぐにご飯にするから、中で座ってろ」
* * *
夕暮れ時の村長宅。
食卓には、湯気を立てる大皿が置かれていた。
「今日は特別だ。ネット通販で買った『特選デミグラスソース』と、村の『肉椎茸』をふんだんに使った、極厚ハンバーグシチューだ。月見大根のサラダもあるぞ」
「はむっ……! んんんん〜っ!!」
一口食べたキャルルのウサギ耳が、ロケットのように跳ね上がった。
「お肉の旨味が、濃厚なソースと絡み合って……噛まなくてもとろけますぅ! 削れた体力が、みるみる全回復していきますよぉぉ!」
「リアンさん! 私、パンの耳でこのお皿のソースを最後まで拭き取ってもいいですか!?」
「待ってリーザちゃん! 私も一口食べるからぁ!」
肉を巡って、ヒロインたちがキャッキャと騒ぎながら食卓を囲む。
ルナが生成した純金のように輝くはちみつ入りドリンクが、グラスの中で揺れている。
窓の外では、夜の帳が下りようとしていた。
帝国、獣人、エルフの三竦み。
迫り来る死蟲の脅威。
世界は地獄のようなパワーゲームに満ちている。
だが。
「(……この飯の時間は、誰にも邪魔させない)」
俺は食後のコーヒーを啜りながら、足元に広がる『影』へと密かな指示を飛ばす。
昼は最高のシェフとして、彼女たちの笑顔と胃袋を満たす。
夜は最強の暗殺者として、迫り来る脅威を音もなく消し去る。
公爵位を捨てた元三ツ星シェフの、辺境村でのスローライフ(防衛戦)は、まだ始まったばかりだ。




