EP 7
村長宅の地下室。
薄暗いランプの灯りの中、静かな空間に「ガリッ」という硬質な音が響いた。
元エリート商社マンにして、現在はポポロ村の裏の経理を担う男——力武義正が、口にくわえていたコーヒーキャンディを噛み砕いた音だ。
それが、彼が『本気で算盤を弾く』時の合図だった。
「……裏は取れましたよ、リアンさん」
力武は、影丸が敵のキャンプからくすねてきたカバンの中から、数冊の革張りの手帳を取り出して机に投げ出した。
「特別徴税官、バルト。奴の裏帳簿です。ルナミス帝国の税を中抜きしているのは序の口。近隣の村で難癖をつけては獣人やエルフを不法に拘束し、アバロン皇国の裏社会(闇オークション)に横流ししている」
「……奴隷売買か」
「ええ。正真正銘の、純度100パーセントのゴミです。殺して奪い返した裏金は、俺が帝国の複数のダミー商会を経由してマネーロンダリングし、ポポロ村の正当な防衛資金に変換しておきます」
力武は赤マル(タバコ)に火をつけ、薄く笑った。
「損得抜きの無償の愛を守るためなら……俺は何度だって、この泥まみれの算盤を合わせてみせますよ」
「頼りにしてるよ、力武」
俺は立ち上がり、空間に『ネット通販』のウィンドウを展開した。
この理不尽なファンタジー世界の暴力には、現代地球の『洗練された暴力』で対抗する。
ゴブリンやオークの魔石を大量にスロットへと投入し、俺はあらかじめ契約を済ませていた『特任部隊』の召喚ボタンを押した。
(シュゥゥゥゥ……ッ!)
青白い光と共に、重武装の二人の男が地下室に現れる。
全身を漆黒のタクティカルスーツで固め、暗視ゴーグルと防弾ヘルメットを装備した、元ロス警察のプロフェッショナル。
「お呼びかい、ボス」
愛銃のKorthを弄りながら、不敵に笑う鮫島勇護。
その後ろでは、相棒の白人青年・ニコラスが、メインウェポンの『ベネリM4 スーパー90』の機関部を無言でチェックしている。
「仕事だ、二人とも。外で村を包囲している私兵部隊と、豚の徴税官を一人残らず『掃除』してくれ。……村の連中には、絶対に気づかせるな」
「了解。……行くぞ、ニコラス。LAPD・SWATの戦術を見せてやろうぜ」
二人の姿が、夜の闇へと静かに溶けていった。
* * *
ポポロ村の周囲を取り囲むように設営された、徴税官バルトの野営キャンプ。
テントの中では、私兵たちが酒盛りをしながら下卑た笑い声を上げていた。
「ヒャハハ! 明日の朝にはあのエルフと人魚は俺たちのモンだ!」
「俺はあのウサギ耳がいいな。あの生意気な面を、恐怖で歪ませてやるのが——」
その時だった。
(コロコロコロ……)
テントの入り口から、黒い円筒形の物体が転がり込んできた。
「あ? なんだこれ、筒……?」
私兵の一人がそれを覗き込んだ瞬間。
(カァァァァァァァァンッッ!!!)
眼球を焼き尽くすほどの強烈な閃光と、鼓膜を破壊する爆音が、密閉されたテントの中で炸裂した。
「「「ぎゃあああああああっ!?」」」
「目、目がァァァァ!?」
闘気も魔法も関係ない。純粋な物理的生理機能の破壊。
視覚と聴覚を奪われ、パニックに陥り嘔吐する私兵たち。
その阿鼻叫喚の地獄の中へ、四眼のナイトビジョンゴーグルを下ろした『死神』たちが、音もなく突入した。
(ドパンッ!! チャカッ、ドパンッ!!)
ニコラスのベネリM4が、冷酷なリズムで火を噴いた。
剣を抜く暇すら与えない。魔法の詠唱など以ての外。
近接戦闘(CQB)において最強の制圧力を誇る散弾が、私兵たちの鎧ごと、その肉体を容赦なく吹き飛ばしていく。
「ヒッ、なんだ!? 敵襲、てきしゅ——」
テントの外へ逃げ出そうとした兵士の眉間を、鮫島の放ったKorthの357マグナム弾が正確に撃ち抜いた。
「……クリア」
「次へ行くぞ。……ドア・ブリーチだ」
感情の一切こもっていない、事務的な声。
彼らはLAPD・SWAT戦術マニュアルに則り、まるで機械のように流れるような連携で、次々とテントを制圧(殲滅)していく。
魔法陣を描く隙も、闘気を練る時間も与えない。
ファンタジー世界の「個の武」を、現代の「戦術」が一方的に蹂躙していく。
「な、なんだお前らはァァ!!」
一番奥の豪奢なテントから、血相を変えた徴税官のバルトが飛び出してきた。
その手には、高価な魔導杖が握られている。
「よくも私の兵たちを……っ! 焼き尽くしてやる! 『紅蓮の——」
詠唱を始めようとしたバルトの背後。
彼を取り囲む木々の上の『死角』から、冷酷な声が落ちてきた。
「——遅いな。その詠唱速度じゃ、カップ麺も作れないぞ」
バルトが見上げると、木の上に立つリアンの姿があった。
リアンが構えた『弓丸』の弦には、闘気と炎魔法が極限まで圧縮された紅蓮の矢が番えられている。
「ひっ……!」
「これで終わりだ。燃えカス一つ残すなよ——『フレイム・アロー』」
放たれた紅蓮の矢が、バルトの足元に突き刺さった。
瞬間。
リアンが『ネット通販』で購入し、あらかじめ周囲にばら撒いておいた『ANFO爆薬(特製)』が誘爆を起こす。
(ドゴォォォォォォォォォンッ!!)
百メートルの高さに達する巨大な爆炎の竜巻が、バルトとキャンプの残骸を、声帯を震わせる暇も与えずに全て呑み込んだ。
「……ふぅ。完璧なフランベ(火入れ)だ」
リアンは弓を下ろし、木から飛び降りる。
周囲には、熱でガラス化したクレーターと、炭化した灰以外、何も残っていなかった。
「お疲れ、二人とも。これでまた、村の平和が守られたな」
「割に合わねぇ仕事だが……ま、たまには悪くねぇ」
鮫島が赤マルに火をつけ、ニコラスが銃を降ろす。
翌朝、ルナミス帝国の本国には『特別徴税官の部隊は、野営中に大型の火竜の襲撃に遭い全滅した』という、極めて自然な報告書が、力武とリベラの手によって提出されることになる。
ポポロ村の住人たちは、昨夜の爆発音を「雷落ちたのかな?」程度の寝言で済ませ、今日もまた、リアンの作る極上の朝食の匂いで目を覚ますのだった。




