EP 4
月が分厚い雲に隠れ、森は完全な暗闇に包まれた。
「ヒヒッ……待ってろよ、極上のお宝ちゃんたち」
猪耳族の部隊長は、下卑た舌舐めずりをしながらポポロ村の柵へと近づいていた。
村は完全に静まり返り、見張りの姿さえない。
勝利と略奪を確信し、彼は背後の部下たちへと合図の片手を挙げた。
「……ん?」
おかしい。
いつもなら、下品な笑い声や闘気の昂りで応じるはずの部下たちから、何の反応もない。
ただ、カサリ、と。
風に揺れる木の葉のような、微かな音だけがした。
「おい、どうし——」
振り返った部隊長の視界に映ったのは、異様な光景だった。
三十人いたはずの屈強な獣人兵たちが、誰一人として立っていない。
「な、なんだァ……!?」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
冷や汗がどっと吹き出す。
全員が、地面に突っ伏しているのだ。
血は流れていない。ただ、白目を剥いて完全に意識を刈り取られていた。
「バ、バカな……闘気使いの戦士三十人が、音もなく……!?」
彼らの首筋や腕には、微小な『針』が刺さっていた。
部隊長が震える視線を上に向ける。
夜空を、音もなく滑空する影があった。
輸送型ドラゴン型マグナギア『竜丸』だ。
その背から、パラシュートを背負った三センチほどの小人——『ミニ丸軍団』が無数に降下してきている。
彼らの手には、即効性の超強力麻酔針。
獣人の分厚い皮膚の隙間、急所を正確に突き刺し、一瞬で昏倒させていたのだ。
「ヒッ……! なんだこの化け物どもは! 敵襲! てきしゅ——」
叫ぼうとした部隊長の口が、物理的に塞がれた。
「ぐっ!? がぁっ……!?」
足元の影が、文字通り『這い上がって』きたのだ。
影は黒い刃や触手へと形を変え、部隊長の四肢を背後にねじり上げ、喉元に鋭い刃を突きつけている。
影の騎士、『影丸』による完璧な拘束。
声も出せない。指一本動かせない。
圧倒的な、死の気配。
「——シーッ。静かにしろ。村の皆が起きるだろうが」
冷たい、絶対零度の声が響いた。
部隊長の目の前の空間、濃密な闇の中から『それ』は現れた。
黒いコートを翻し、右手には見たこともない奇怪な武器——銃口剣を提げた男。
先ほどまでキッチンでフライパンを握っていた男と同一人物とは到底思えない、冷酷な死神の顔をしたリアンだ。
「が、あ……っ、お、ま、え……!」
部隊長は反射的に身を捩るが、影丸の拘束は鋼よりも硬い。
恐怖でガチガチと奥歯が鳴る。
「レオンハートの正規軍じゃないな。はぐれの傭兵か」
リアンは、ゴミでも見るような目で倒れ伏す獣人たちを見下ろした。
「お前らがどんな野心を持とうが、誰を襲おうが、俺には関係ない」
銃口剣の切っ先が、ゆっくりと部隊長の額に突きつけられる。
「だが、俺の村を荒らすゴミは、俺の視界に入れない。それだけだ」
「ひっ……! た、たすけ——」
カチリ、と。
冷酷な撃鉄の音が、暗い森に響き渡った。




