EP 7
レオンハート獣人王国との国境沿いにそびえ立つ、打ち捨てられた廃城。
その広間では、狼耳の過激派部隊が下劣な酒宴を繰り広げていた。
「ギャハハッ! こいつら、少し殴っただけで面白いように回復魔法を使いやがる! まさに無限のポーションだぜ!」
広間の隅。冷たい石の床には、首に重い鉄の首輪と鎖をつけられた月兎族の子供たちが数十人、身を寄せ合って震えていた。
彼らの小さな体には無数の打撲痕があるが、本能的な自己治癒能力によって、傷は塞がり、また殴られるという地獄のループを強いられている。
「おい、そこのガキ! 俺の肩が凝ってるんだ。ヒールをかけろ!」
狼耳の兵士が、一番小さなウサギ耳の少年に蹴りを入れた。
「うぅ……っ、ひぐっ……」
「あ? なんだその目は。……隊長! こいつの腕、一回へし折っていいっすか!?」
「おう、構わねぇぞ。どうせすぐ治る!」
部隊長が下卑た笑いを上げた、その時だった。
(パリンッ!!)
窓ガラスが割れ、黒い円筒形の物体が数個、広間の中央に転がり込んできた。
「あ? なんだこりゃ……?」
獣人兵の一人がそれを覗き込んだ瞬間。
(カァァァァァァァァンッッ!!!)
眼球を直接焼き切るような絶対的な閃光と、鼓膜を物理的に破る爆音。
さらにコンマ数秒遅れて、強烈な催涙ガス(CSガス)が広間を一瞬にして真っ白に染め上げた。
「「「ぎぃゃあああああああっ!?」」」
「目がっ! 息が、あぁぁぁっ!?」
ファンタジー世界の『闘気』は、物理的な攻撃を防ぐ鎧にはなっても、眼球の網膜と呼吸器の粘膜に対する『化学兵器』までは防げない。
視覚と聴覚を奪われ、ガスで肺を焼かれた獣人たちは、武器を落として床をのたうち回った。
「ブリーチ(突入)!」
バンッ!と蹴り破られた扉から、漆黒の防毒マスクと暗視ゴーグル(NVG)を装備した三人の死神が雪崩れ込んだ。
(ドパンッ! チャカッ、ドパンッ!)
ニコラスのベネリM4が、冷徹なリズムで火を噴いた。
装填されているのは、殺傷力よりもストッピングパワーと部位破壊に特化したスラッグ弾。
子供たちを巻き込まないよう、計算し尽くされた射撃が、ガスの中でもがき苦しむ獣人兵の『膝の関節』と『武器を持つ手首』を正確に粉砕していく。
「ヒィィッ!? なんだ、なんなんだ貴様らァ!」
「LAPD・SWATだ。……床に伏せろ(Get down)」
鮫島がKorthを構え、制圧射撃で立ち上がろうとする獣人たちの足を次々と撃ち抜く。
魔法の詠唱も、闘気を練る暇も与えない。
圧倒的な暴力の制圧。それが現代CQB(近接戦闘)の基本だ。
「クリア! 右翼制圧!」
「左翼クリア。メディック、前へ!」
鮫島とニコラスが射線を確保した『安全地帯』の真ん中を、MP7を構えた優太が滑るように進み出る。
彼は泣き叫ぶ子供たちの盾になるように膝をつき、防毒マスク越しに穏やかな声をかけた。
「もう大丈夫だ。目を閉じて、耳を塞いで下を向いていなさい」
優太はリュックからボルトカッターを取り出し、子供たちを繋いでいた鎖を次々と切断していく。
同時に、G-SHOCKの秒針を確認しながら、重傷を負っている子供の腕に止血帯(CAT)を手際よく巻きつけた。
「トリアージ完了。重傷一名、他は歩行可能。これより子供たちを搬出する!」
「了解。カバーする」
完璧な連携。一切の無駄がない戦術行動。
「ふ、ふざけるなァァ!!」
広間の奥から、かろうじてガスの影響を逃れた狼耳の部隊長が、闘気を全開にして飛び出してきた。
その手には大剣が握られ、目は血走り、完全に理性を失っている。
「どこの手先か知らねぇが、俺たちをコケにしやがって! そのガキどもごと真っ二つに——」
(タタタタンッ!)
優太のMP7が、無慈悲なバースト射撃を放った。
9x19mm弾が、部隊長の大剣の刀身に連続して命中し、その衝撃で剣が弾き飛ばされる。
「チィッ……! 化物どもめ!」
己の武器が通用しないと悟った部隊長は、子供たちを諦め、広間の奥にある裏口の扉へと身を翻した。
「逃がしたか!」
鮫島が追おうとするが、優太がそれを手で制した。
「追わなくていい。……俺たちの任務は『子供たちの救出とメディカルサポート』だ」
優太は、暗視ゴーグルの奥で、冷たく光る兵士の目を裏口へと向けた。
「外に出たネズミは……『うちのボス』が、一番えげつない方法で処理する」
* * *
「ハァッ……ハァッ……!」
廃城の裏口から暗い森へと飛び出した狼耳の部隊長は、全速力で夜の闇を駆けていた。
(なんだあいつらは!? 魔法も使わず、ただの筒(銃)で俺たち精鋭を……っ!)
城の外には、彼が配置していた数十人の後衛エリート部隊が待機しているはずだ。
彼らと合流すれば、まだ巻き返せる。
「おい! お前ら、どこにいる! 敵襲だ、陣形を——」
木々を抜け、開けた場所に出た部隊長の足が、ピタリと止まった。
ウソだろ、と。
絶望が、彼の口から漏れ出した。
そこにいたはずの数十人のエリート獣人兵たちは、全員、地面に突き刺さった『影の杭』によって縫い留められ、一歩も動けずに白目を剥いていた。
声すら出せない、完全な無力化。
そして、その惨状の中心。
月明かりに照らされた小高い丘の上に、『それ』はいた。
漆黒の馬型のマグナギア『馬丸』に跨り、夜風に黒いコートをなびかせている一人の男。
「お前が、ウサギたちの耳を引っ張ったクズの親玉か」
リアンだ。
その手には、ポポロ亭の厨房で使っていた一本の『包丁』が握られていた。
「な、なんだお前は……! たかが料理人の包丁で、俺に勝てると——」
リアンが、スッと目を細めた。
キャルルの涙を思い出し、彼の奥底にある絶対零度の怒りが、静かに臨界点を突破した。
その主の感情(殺意)に呼応し。
リアンの握る包丁が、眩い紅蓮の雷光を放ちながら、ドロリと形を変え始めた。
刃が伸び、湾曲し、極太の弦が張られる。
現れたのは、身の丈を越える巨大で禍々しい『神弓』——伝説の神殺しの武具、『雷霆』。
「……消えろ。お前が存在したという事実ごと」
リアンが馬上から雷霆を引き絞る。
つがえられた矢の周囲の空間が、強烈な電磁波と熱量によって陽炎のように歪み始めた。
圧倒的な、死のプレッシャー。
狼耳の部隊長は、自分が『絶対に手を出してはいけない本物の化物』の逆鱗に触れたことを、その時ようやく理解したのだった。




