EP 6
(カチャ、カチャ……、ワイワイガヤガヤ)
ポポロ亭のランチタイムは、今日も三国から訪れる行商人や冒険者たちで大盛況だった。
「いやぁ、聞いたかよ? ルナミス帝国のクラウス公爵様の話」
「ああ! 国境付近に巣食ってたS級魔獣の群れを、単騎で殲滅したって噂だろ?」
カウンター席で、特製の『メンチカツ定食』を頬張りながら、冒険者たちが興奮気味に語り合っている。
「公爵位を継いでまだ若いってのに、まさに『ノブリス・オブリージュ(高貴なる者の義務)』を体現したようなお方だぜ。剣に雷を纏わせる必殺技『ライトニング・スプラッシュ』……一度でいいからお目にかかりたいもんだ」
「それに比べて、行方不明になったっていう公爵家の長男は、ただの道楽息子だったらしいな。弟君が優秀で、帝国も安泰ってもんだ」
その会話を聞きながら、俺はカウンターの中で静かにグラスを磨き、ふっと微笑んだ。
(……クラウスの奴、しっかり公爵の仕事をやれてるみたいだな)
優秀で、正義感に溢れ、表舞台で輝くカリスマ性を持った自慢の弟。
俺が裏から手を回して敵の指揮官を下痢にさせたり、兵站を燃やしたりして得た『戦功』を全部押し付けて公爵位を譲った甲斐があったというものだ。
「リアンさーん、Bテーブルに太陽芋のコロッケ3つ追加ですぅ!」
「あいよ。すぐ揚げる」
フリルのエプロン姿ですっかり看板娘が板についたリーザの注文に答えながら、俺は鼻歌交じりにフライパンを温める。
弟が表で光り輝いてくれるおかげで、俺はこうして辺境の村で、大好きな料理を作りながら、平和なスローライフを謳歌できている。
これ以上の幸せはない。
――だが、世界はどこまでも残酷で、この小さな平和を妬むように『悪意』は這い寄ってくる。
* * *
同時刻。
ポポロ村から数十キロ離れた、レオンハート獣人王国の国境付近。
鬱蒼とした森の奥深くに、正規軍の紋章を隠した武装集団が潜伏していた。
「ヒヒッ……間違いない。この奥の隠れ里に『月兎族』のガキどもが数十匹匿われてる」
狼耳族の男が、残忍な笑みを浮かべて舌舐めずりをした。
彼らはレオンハート獣人王国の過激派。他国への侵略戦争を企てる、血の気の多い好戦的な部隊だ。
「月兎族の治癒能力は異常だからな。満月になれば死者すら蘇らせるって伝説もある。あいつらを捕らえて、鎖に繋いで『生きた回復ポーション(奴隷)』として前線に配備すれば、俺たちの部隊は無敵だ」
「だが隊長。あいつらは足が速ぇ。逃げられたら……」
「だから、大人のいない『ガキ』を狙うんだよ」
狼耳の男が、腰の長剣を抜いた。
「少し痛めつければ、回復魔法を使うために立ち止まる。足を切り落としても死なねぇんだ、遠慮はいらねぇ。……それに、ガキを人質に取れば、ルナミスに逃げ込んだっていう元近衛騎士候補の女も、ノコノコと命乞いに来るだろうぜ」
「「「ゲヘヘッ、違いねぇ!」」」
欲望と暴力に塗れた獣人たちが、隠れ里へ向けて静かに、そして禍々しい殺気を放ちながら進軍を開始した。
* * *
夕暮れ時。
ポポロ亭の営業も終わり、ヒロインたちのお待ちかねの『まかない』の時間。
「今日は特別だ。ネット通販で買った『極太スパゲッティ』に、タマネギとピーマン、特製ケチャップを極限まで焦がして絡めた『鉄板ナポリタン』だ。下に薄焼き卵も敷いてあるぞ」
(ジュゥゥゥゥゥゥッ!)
熱した鉄板に乗せられたナポリタンが、暴力的なまでのケチャップとバターの香りを撒き散らす。
「はわわっ! この赤い麺、もっちもちですぅ! ケチャップの酸味が卵でまろやかになって……フォークが止まりません!」
キャルルがウサギ耳を揺らしながら、口の周りを真っ赤にして麺をすする。
平和な食卓。
だが――その静寂を、絶望の音が引き裂いた。
(バンッ!!)
ポポロ亭の扉が弾け飛び、血まみれの少女が床に転がり込んできたのだ。
「……っ!? ミミちゃん!?」
キャルルがフォークを落とし、血相を変えて駆け寄る。
それは、ポポロ村の隣にある隠れ里に住む、キャルルの同族(月兎族)の少女だった。
「キャ、キャルルお姉ちゃん……っ、助けて……! 狼の獣人たちが、里に……っ!」
少女は全身傷だらけで、息も絶え絶えだった。月兎族の回復力を上回るほどの暴行を受けた痕がある。
「みんな、鎖に繋がれて、連れて行かれちゃった……! 私、必死に走って……」
「ひどい……なんてことを……!」
キャルルの目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
いつも村のために明るく振る舞い、過労で倒れそうになっても笑顔を絶やさなかった彼女が、初めて見せた明確な絶望。
「私が行かなきゃ……! 私が行けば、あの子たちは……っ!」
キャルルがふらつく足で立ち上がろうとする。
だが、その肩を。
俺の手が、静かに、そして力強く押さえた。
「リアン、さん……?」
「座ってろ。ナポリタンが冷める」
俺の声は、自分でも驚くほど冷たく、感情が抜け落ちていた。
「でも、あの子たちが!」
「お前が行ったところで、ガキを盾にされてお前まで捕まるのがオチだ。……安心しろ。俺の店の常連を泣かせたクズどもは、俺が絶対に許さない」
俺は少女に回復魔法をかけるようルナに指示すると、厨房の奥でノートパソコンを叩いていた力武に視線を向けた。
「力武。……優太と、SWATの二人を呼べ」
「座標の特定はすでに終わっています。敵は国境沿いの廃城。……完全武装で向かわせますか?」
力武が、口元のコーヒーキャンディをガリッと噛み砕く。
「ああ」
俺はエプロンを外し、空間から『一本の包丁』を取り出した。
ただの包丁ではない。
俺の感情に呼応し、最適解の武器へと姿を変える神殺しの武器――『雷霆』だ。
「夜の仕込み(殺戮)の時間だ。……ウサギの耳を引っ張った馬鹿どもに、本物の地獄(現代兵器)を見せてやる」
俺の足元で『影丸』が猛烈に膨張し、店内の光という光を吸い込んでいく。
ポポロ亭の優しいマスターの顔は、もうない。
世界を裏から支配した伝説の暗殺者が、静かに牙を剥いた瞬間だった。




