EP 2
ギィィ……と、村長宅の古びた扉が重い音を立てて開いた。
「……た、ただいま戻りましたぁ……」
ふらふらとした足取りで入ってきたのは、月兎族のキャルルだ。
自慢のピンと立ったウサギ耳は、今は力なく両目に覆い被さっている。
手には、村の書類が山のように積まれたバインダー。
「お疲れ、キャルル。今日もまた、隣町の領主からの無茶振りか?」
「はいぃ……ポポロ村の陽薬草を、市場価格の半値で卸せと……。もちろん、笑顔で机をへし折って辞退してきましたけどぉ……」
限界ギリギリの笑顔で言い放ち、キャルルはそのまま長椅子に突っ伏した。
ルナミス帝国に亡命し、冒険者生活を謳歌していた彼女だが、その人望と回復力を買われて村長になってからはこの有様だ。
俺は空間を開き、『ネット通販』の画面を空中に展開する。
ゴブリンの魔石をスロットに放り込み、黄色い液体の入った小瓶をポチった。
シュポンッ。
「ほら、まずはこれでも飲んで落ち着け。前世の叡智、『タウリン3000mg配合・栄養ドリンク』だ」
「……きゅ?」
キャルルは鼻をヒクヒクさせ、小瓶を受け取る。
そして、一気に煽った。
「んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ!? な、なんですかこれ!」
へにゃんとしていたウサギ耳が、バツンッ!と垂直にそそり立つ。
「炭酸の刺激と、薬草とは違う暴力的なまでの甘さと活力が、全身の毛細血管を駆け巡りますぅぅ!」
「よし、元気が出たな。じゃあ、晩飯にするか」
「ご飯! 今日のご飯は何ですかリアンさん!?」
リーザが、どこからともなくマイどんぶりとスプーンを持って現れた。
相変わらず、タダ飯への嗅覚だけはS級冒険者並みだ。
今日のメニューは決まっている。
俺はキッチンに立ち、ポポロ村特産の『ハニーかぼちゃ』を切り分けた。
ネット通販で取り寄せた地球の『無塩バター』を熱した鍋に落とす。
芳醇な乳脂肪の香りが弾けたところに、かぼちゃと『肉椎茸』を投入し、軽く炒める。
そこに『特製コンソメスープ』を注ぎ込み、じっくりと煮込むのだ。
仕上げに『純生クリーム』をひと回し。
「完成だ。ハニーかぼちゃと肉椎茸の、濃厚クリームシチューだ」
テーブルに皿を並べると、二人の目が完全に星になった。
「はむっ……! あまっ……! かぼちゃの甘味が、コンソメの塩気で無限に引き出されていますぅ!」
「お肉キノコから溢れる肉汁と、この白いクリーム……っ。カチカチのパンの耳が、高級ホテルのディナーに化けましたぁぁっ!」
無心でシチューを掻き込む二人。
キャルルの顔から疲労の色が完全に消え去り、至福の笑顔が咲き乱れている。
(……ああ、やっぱり、いいな)
俺は、自分の分のシチューを掬いながら、目を細める。
前世では、三ツ星の重圧に胃を痛めながら料理を作っていた。
でも今は違う。目の前の、大切なヤツらを笑顔にするためだけに腕を振るえる。
窓の外は、すっかり夜の闇に包まれている。
もし、この温かい食卓を脅かすような馬鹿が来るなら。
俺は、テーブルの下で静かに拳を握る。
その時は、裏の顔で、一切の痕跡を残さず『掃除』するだけだ。
この平穏な村の夜と、彼女たちの笑顔は、俺が守る。




