EP 2
(カチャ、カチャ……)
ランチタイムの喧騒が過ぎ去った午後。
ポポロ亭の店内には、静かな食器を洗う音だけが響いていた。
「すぅ……すぅ……ハンバーグ……もう食べられませんぅ……」
カウンターの隅では、限界まで腹を膨らませたリーザが、幸せそうに突っ伏して昼寝をしている。
平和な昼下がりだ。
だが、俺の右耳に仕込まれた極小の『ワイヤレスイヤホン(ネット通販購入品)』からは、さっきからひどく重く、湿っぽい声が聞こえていた。
『……神様。いるなら、どうか娘を……マリアを助けてくれ……!』
声の主は、ポポロ村の広場にある古い木製のベンチに座っている、中年の行商人だ。
ポポロ村には、ちょっとした都市伝説がある。
『広場のベンチに座って悩みを打ち明けると、いつの間にか解決している』というものだ。
魔法でも奇跡でもない。
ただ単に、俺がベンチの裏に強力な『超小型盗聴器』をDIYで仕掛け、ポポロ亭の厨房から常にモニタリングしているだけである。
善良な市民のささやかな悩みを聞き出し、裏でこっそり解決してやる。それが、俺なりのこの村への恩返しであり、暇つぶしだった。
だが、今日ベンチに座った行商人の口からこぼれ出たのは、ささやかな悩みなどではなかった。
『ルナミス帝国の……あの悪徳商会『黒蛇』の罠だったんだ。たった銀貨十枚の借金が、一ヶ月で金貨百枚に膨れ上がるなんて……』
男の声は、絶望でひゅうひゅうと掠れていた。
『明日だ。明日の夜、奴らは借金のカタにマリアを連れて行く……! アバロン皇国の闇オークションに売り飛ばす気だ! 誰か……誰か、助けてくれぇっ……!』
男の嗚咽が、イヤホン越しに鼓膜を打つ。
典型的で、ひどく古典的な罠だ。
だが、それゆえに悪辣で、言い逃れのできない純度100パーセントの『悪』だった。
(ピシッ……!)
俺の手の中で、洗っていた純白の平皿が、真っ二つに割れた。
「……おや。手が滑りましたか、リアンさん」
厨房の奥から、静かな声がした。
いつの間にか、元エリート商社マンの力武と、法務官のリベラが暖簾をくぐって入ってきていた。
俺は割れた皿をゴミ箱に捨て、冷水で手を洗い流す。
手についた水滴をタオルで拭き取る頃には、昼間の『心優しいポポロ亭のマスター』の顔は、完全に消え失せていた。
「力武。ルナミス帝国に籍を置く『黒蛇商会』。……心当たりはあるか?」
「ええ、もちろん。ゴルド商会の甘い汁をすする寄生虫の一つですよ。高利貸しと人身売買で荒稼ぎしている、真っ黒な連中です」
力武が、口元でコーヒーキャンディをガリッと噛み砕いた。
その目には、獲物を見つけた捕食者のような冷酷な光が宿っている。
「リベラ。帝国法務省の規定で、金利の違法性と、人身売買の現行犯の『処理』はどうなっている?」
「ルナミス帝国法・第十二条。法定金利を大幅に超える契約は無効。および、人身売買を企てた組織は、資産の完全没収と、現場での『超法規的制圧(殺害)』が認められています」
リベラが眼鏡をスッと押し上げ、冷たく微笑んだ。
「つまり、どれだけ派手に吹き飛ばしても、後から私が『合法』として処理できるということです」
「……上等だ」
俺はエプロンを外し、空間から漆黒の『銃口剣』を引き抜いてカウンターに置いた。
重い金属音が、静かな店内に響く。
「力武は、黒蛇商会の裏帳簿と隠し資産の口座を全て洗い出せ。一銭残らずポポロ村の防衛費として接収する。リベラは事後処理の書類を作っておいてくれ」
「「了解しました」」
善良な親から、娘を借金のカタに奪う。
そんな胸糞の悪い真似を、俺の耳の届く範囲で企てたのが運の尽きだ。
俺の足元の影が、主の静かな怒りに呼応するように、どす黒く、大きく揺らめいた。
影丸が、すでに暗殺の準備を整えている。
「明日の夜。奴らが娘を奪いに来る前に……商会の元締めごと、この世から『精算』してやる」
ポポロ亭の裏メニュー。
それは、外道どもに振る舞う、一切の慈悲もない死のフルコースだ。




