第二章「深夜食堂ポポロ亭、本格稼働。〜裏のメニューは『悪徳貴族のフルコース』〜」
(カラン、コロン……)
村の広場に、軽やかなベルの音が響いた。
俺が手作りした木製の看板を『OPEN』に裏返すと、待ってましたとばかりに一人の少女が飛び込んできた。
「リアン店長! 本日の業務、開始いたしますぅぅ!」
透き通るような水色の髪を揺らし、フリフリのエプロン姿で敬礼するのは、海中国家シーランの人魚姫ことリーザだ。
俺は今日から、このポポロ村の広場に定食屋『ポポロ亭』をオープンさせた。
「気合入ってるな、リーザ。時給は銅貨一枚(約100円)だが、いいのか?」
「もちろんです! だってここ……まかないで『パンの耳』が食べ放題なんですよね!?」
リーザが、血走った目で厨房のパンカゴを見つめている。
底辺地下アイドルとしてルナミス帝国で極貧ポイ活生活を送っていた彼女にとって、「食べ放題」という響きは麻薬に等しいらしい。
「耳だけじゃない。ちゃんと中身も食わせるって言ってるだろ」
「ひっ……! なかみ!? 私みたいな底辺が、パンの中身(白いフワフワ)を食べてもいいんですか!? 神様ですか!?」
拝むようにひれ伏すリーザを適当にあしらいながら、俺は厨房に立つ。
前世で三ツ星レストランの副料理長を務めた俺にとって、自分の城を持てるのは至上の喜びだ。
「さて。オープン記念の最初の『まかない』だ。腕によりをかけて作るぞ」
俺は空間に『ネット通販』のウィンドウを展開し、ゴブリンの魔石を数個投入した。
取り寄せたのは、地球の最高級『合い挽き肉』と、飴色になるまで炒められた『特製タマネギペースト』。
それに、ポポロ村特産の『太陽芋』だ。
ボウルで肉とタマネギを合わせ、手早く、かつ空気を抜きながら捏ねていく。
パンパンッ、と小気味良い音が厨房に響いた。
(ジュウウウウウウウウッ!!)
熱した鉄板に肉だねを落とすと、暴力的なまでの脂の弾ける音が店内に充満した。
表面にこんがりと焼き目をつけ、肉汁を内部に完全に閉じ込める。
そこに、ネット通販で買った『極上デミグラスソース』をたっぷりと注ぎ込み、一気に煮詰めるのだ。
「ひ、ひえぇぇ……匂いだけでご飯が三杯いけそうですぅ……」
リーザがカウンターから身を乗り出し、滝のような涎を垂らしている。
「お待たせしました。ポポロ亭特製、『煮込みハンバーグ定食』だ。付け合わせは太陽芋のホクホク粉吹き芋だぞ」
「は、はむっ……!」
リーザが、フォークでハンバーグを切り分ける。
その瞬間。
(ジュワァァァァァッ……!)
ダムが決壊したかのように、中から透明な肉汁が溢れ出し、濃厚なデミグラスソースと完全に混ざり合った。
「~~~~~っ!?」
一口食べたリーザの目が、限界まで見開かれた。
そして、言葉にならない歓声を上げながら、椅子から転げ落ちた。
「お、お肉が……歯を当てただけで崩れて溶けましたぁっ! ソースの甘みと酸味が、お肉の旨味を無限に引き上げて……っ!」
「慌てるな。ほかほかの米麦草と一緒に食え」
「はふっ、もぐっ……! 神様! リアン神様ぁぁ! 私、一生ポポロ亭の奴隷として働きますぅぅ!」
涙とソースで顔をぐちゃぐちゃにしながら、リーザがハンバーグとライスを無心で掻き込んでいく。
(カラン、コロン)
「あーっ! リーザちゃんずるい! 私にもお肉食べさせてぇー!」
「村の書類仕事が終わったんですぅ……リアンさん、私にも癒やし(カロリー)をくださいぃ……」
入り口の扉が開き、ルナとキャルルも雪崩れ込んできた。
ルナはなぜか手に純金(お小遣い)を握りしめているし、キャルルは過労でウサギ耳が完全にしおれている。
「はいはい、わかってるよ。いらっしゃい」
俺は苦笑しながら、追加のハンバーグを鉄板に乗せた。
昼下がり。木漏れ日が差し込むポポロ亭には、少女たちの賑やかな笑い声と、最高に美味しい匂いが満ちている。
裏で三国を巻き込むような血生臭い暗闘が繰り広げられていることなど、誰も知らない。
俺はエプロンの紐を締め直し、満足げにフライパンを煽った。
この平和な食堂。
――誰にも、絶対に邪魔はさせない。




