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公爵位を捨てた元三ツ星シェフ、辺境村で『ネット通販』無双〜昼はヒロインたちに絶品飯を振る舞い、夜は現代兵器で暗殺稼業〜  作者: 月神世一


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13/20

EP 13

(カラン、コロン……)

午後三時。

ティータイムの甘い香りに包まれた村長宅の土間に、静かな、だがひどく重圧のある足音が響いた。

「——美味い珈琲コーヒーと、タバコが吸える場所があると聞いてね」

現れたのは、黒のトレンチコートを羽織った長身の男。

整った顔立ちには深い疲労とシニカルな笑みが張り付いており、指先には紙巻きたばこが挟まれている。

その背後に揺らめく『影』の濃さは、明らかに常人のそれではない。

「おや。珍しいお客さんね」

特製ガトーショコラを優雅に切り分けていたリベラが、ふわりと視線を向けた。

横の席でノートパソコン(魔導通信機)を叩いていた力武が、ピタリと手を止め、キャンディをガリッと噛み砕く。

「……アバロン皇国、穏健派の筆頭。実質的な魔族の内閣総理大臣である、ルーベンス卿。まさかこんな辺境に、お一人で?」

「おや、ルナミス帝国の裏社会を荒らしているやり手の商人がいると思えば……なるほど、ここに隠れていたのか」

ルーベンスは皮肉げに肩をすくめ、カウンター席へと腰を下ろした。

「ウチのトップ(魔王ラスティア)がね。ルチアナの婆さん……いや、女神様とつるんで『地球のアイドル』とかいうのに狂っていてね。その影響か、最近この村から『妙に聞き覚えのある電波な歌(スパチャ伝説)』が聞こえると騒ぐものだから、胃薬片手に視察に来たのさ」

ルーベンスが、ふぅと紫煙を吐き出す。

「で、どうなんだい、アンタら。帝国の徴税官を消し飛ばし、死蟲の巣を物理的に叩き潰した『化物』の正体は」

(ピリッ……!)

空気が、一瞬にして凍りついた。

ルーベンスの足元から、どす黒い魔力の影が這い出し、生き物のように俺や力武の足元へと伸びてくる。

闇魔法による影の捕縛。アバロン皇国でも屈指の実力者である彼の、無言の牽制テストだ。

——だが。

「お客さん。ウチは全席禁煙だ。タバコは外の灰皿でお願いするよ」

(バツンッ!!)

俺が一歩踏み出した瞬間、ルーベンスの放った『魔族の影』が、見えない刃に切り裂かれたように四散した。

「なっ……!?」

ルーベンスの余裕の笑みが、初めて崩れた。

俺の足元に潜む召喚獣『影丸』が、ルーベンスの闇魔法を完全に喰い破り、逆に彼の喉元へと黒い刃を突きつけていたのだ。

「……魔族の暗黒魔法を、ただの影が……凌駕した、だと?」

「それと、ご注文の品だ。熱いうちにどうぞ」

俺は影の刃をスッと引かせ、ルーベンスの目の前にコトリとカップを置いた。

ネット通販で取り寄せた最高級『ブルーマウンテン』のドリップコーヒー。そして、付け合わせの小皿には——。

「なんだ、これは。……泥のように黒いスープに、この香りは……」

「飲めばわかる」

ルーベンスは警戒しながらも、カップを手に取り、一口啜った。

「…………っ!?」

彼の瞳孔が、極限まで見開かれた。

(なんだ、この深みは!? 苦味の奥にある、強烈なコクと澄み切った酸味。アバロン皇国の宮廷で出される最高級の泥茶が、ただの泥水に思えるほどの……っ!)

さらに彼は、無意識に小皿に乗った『コーヒーキャンディ』を口に放り込んだ。

(カリッ……、甘っ!? いや、ただの甘さじゃない。コーヒーの香りが脳髄まで直接叩き込まれるような……なんだこれは、合法なのか!?)

「はぁっ……はぁっ……」

ルーベンスは、カップを置く手すら震わせていた。

先ほどまでの冷徹な魔族の貴公子の面影はない。

「……降参だ」

ルーベンスは両手を上げ、トレンチコートのポケットから競馬新聞を取り出して、カウンターに突っ伏した。

「やってられない。なんだこの村は。軍事力も異常なら、飲み物までオーパーツじゃないか。……ババア(魔王)の言う通り、女神のイレギュラーがこんな所に密集してやがる」

完全に『素の親父モード』に入ったルーベンスに、俺と力武は顔を見合わせた。

「……なんだ、意外と話のわかる人じゃないですか」

力武が苦笑いしながら、自分の赤マルの箱を差し出す。

「あぁ、すまないね」

ルーベンスはタバコを受け取り、火をつけると、深く、本当に深く疲れたため息を吐いた。

「トップがアホだと、下は苦労する。軍事予算は『オタ活』の遠征費に消えるし、外交の尻拭いは全部俺だ。……もう疲れた。美味い焼き飯と、強めの芋酒をくれ。金ならある」

ルーベンスが、テーブルにドンッとアバロン皇国の純金貨を積んだ。

「……毎度あり。力武、こいつは『不可侵条約の維持費』として計上しておいてくれ」

「了解です。素晴らしい外交成果(売上)ですね」

俺はフライパンを手に取り、コンロの火を最大にする。

ネット通販で購入した『特製ラード』と『香味ペースト』、それに村の新鮮な卵と米麦草を使った、パラパラの極上黄金チャーハンだ。

(ジャッ、ジャッ、ジュワァァァァァッ!!)

「おお……なんだあの鍋振りは。残像が見えるぞ……」

ルーベンスが競馬新聞を握りしめながら、釘付けになっている。

数分後。

山盛りの黄金チャーハンと、キンキンに冷えた芋酒がルーベンスの前に出された。

「はむっ……! がっ、美味ぇ!? なんだこの油の旨味は!? パラパラなのに、米一粒一粒に味が染み込んでやがる! 芋酒で流し込むと最高だぜぇぇっ!!」

魔族のトップエリートが、涙を流しながらチャーハンを掻き込んでいる。

その横では、リーザが「私もチャーハン食べたいですぅ!」とよだれを垂らし、キャルルが「お夕飯まで我慢ですよ!」とたしなめている。

「(……どうやら、アバロン皇国との戦争の火種は、チャーハン一皿で消し飛んだみたいだな)」

俺はコーヒーを淹れ直しながら、平和すぎる村の光景に小さく笑った。

ルナミス帝国の経済を牛耳り。

レオンハートの武力を退け。

アバロン皇国を美食で手懐ける。

「リアン君。このガトーショコラ、あと三つ追加してもらえるかしら?」

「はいはい。今出すよ」

俺の『ネット通販』と最高の料理がある限り、この村のスローライフは、今日も無敵だ。

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