9話(別れ)
あれから数日が経った頃。
王城の謁見の間に、李牧の姿があった。
彼の前にはアザニールの王、ソマリオが立っている。
まだ若い王だが、彼には確かな自信がみなぎっていた。
「軍師殿。あなたのおかげで、この国は救われました」
その言葉に李牧は軽く頭を下げた。
「私は少し知恵を出しただけです。戦ったのは兵士たちですよ」
ソマリオは首を振る。
「その知恵がなければ、王都はとうに帝国の手に落ちていました」
しばらく沈黙が流れた。そして。
「もしよければ、この国に残ってはもらえませんか」
李牧は少し驚いた顔をした。
「あなたがいれば、アザニールはもっと強くなれます」
李牧はしばらく考え、言葉を選んだ。
「ありがたいお話です。しかし私は、長く一つの国に留まる男ではないのです」
(使命は果たした。そろそろ神から呼び戻されるはずだ)
ソマリオは残念そうに息を吐いた。
「そうですか……」
「ですが、案ずることはありません。今の陛下は以前とは比べものにならぬほど逞しくなられた。間違いなく、あなたは立派な王になられます」
「軍師殿の知恵に助けられ、ようやくここまで来られた身です。良き王になれるかどうか、本当はその目で見届けて欲しかった」
ソマリオはしばらく黙っていたが、ついには諦め顔になった。
「……でしたら、またいつか会えますか?」
李牧は少しだけ考え、それから軽く首を振った。
「それは分かりません。戦のあるところで、またお会いするかもしれません」
李牧はふっと目を細め、いたずらっぽく付け加えた。
「もっとも、私と再会しないことこそが、平和な世を築いたという証しかもしれませんよ」
ソマリオはその言葉を噛みしめるように目を閉じた。
「どうかお元気で、李牧殿」
顔を上げたとき、李牧はすでに背を向けて歩き出していた。
やがてその姿は遠ざかり、まるで最初からそこに誰もいなかったかのようだった。
城門の外では、レイヴァが待っていた。
李牧の姿を見ると、にやりと笑う。
「王様に引き止められていたのかい?」
「少しだけ」
「それで次はどこへ行くのさ?」
「まだ決めていません」
李牧は空を見上げた。
「そろそろお呼びがかかる頃かと」
「誰からさ」
李牧は答えなかった。
「まぁいいさ」
(どうせ神からだろう? あたしもそろそろ上に戻るとするか。神との約束も果たしたことだしな。『レイヴァ、身体貸してくれてありがとうな』あたしが身体を離れても記憶は残るって言ってたからな。あとは頼んだよ)
そして彼女は李牧に右手を差し出した。
「いつか、約束通りもう一度やろうじゃないか」
李牧はその手を見て、笑った。
「ええ。その時は、またお相手願います」
レイヴァは満足そうに頷いた。
(次はいつになるのかね。それこそ神のみぞ知るってやつか)
そう心で呟いて、ふっと笑った。
二人はそれ以上言葉を交わすことなく、それぞれ逆の方向へと歩き出した。
李牧の背中が、地平線の彼方へと消えていく。
振り返ることはなかった。
それでも、その背中に託されたものは、確かにこの国に残り続ける。
戦を避け、命を繋ぐという選択。
その小さな積み重ねこそが、やがて国を支えていく。
ソマリオは知らぬうちに、それを受け継いでいくだろう。
だからこそ、この別れに悲しみはない。
それは次へと続いていくためにも必要なことだから。
アザニールの戦いは、こうして幕を閉じた。




