10話(幕間)
李牧の姿が地平線の彼方へと消える瞬間、彼の意識に強烈な光が差し込んだ。
そして遥か上空から、声が響いた。
「おかえりなさい。李牧殿。お疲れ様でした」
その声は、かつてアザニールへ召喚される前に聞いた、あの日の神のものだった。
「早速ですが、貴方には新たな世界での使命があります」
李牧は不思議そうに問い返す。
「また使命? なのですか」
「ええ。今度も貴方の才覚を思う存分振るえる世界へ送ります。そこでは誰も、貴方の策を封じず、貴方の忠義を踏みにじることもないでしょう。それから、『誰からも受け入れられる』という理も敷いておきます」
(この言葉、あの日とまるで同じだ)
李牧は心の中で呟いた。
すると神の声が、さらに強く響いた。
「どうか今度も、貴方自身のために生きてください。そして戦を一刻も早く終わらせ、無駄な血を流させぬよう、多くの魂を救うのです」
神は顔を近づけてきた。
「そして貴方の才覚を、この時代の劉邦という男を天下へと導くために活かすのです」
「劉邦? 導くのですか?」
「ええ。これから始まる大乱の時代を生き抜く男です」
神は少し楽しそうに言う。
「やがて歴史は、その時代をこう呼ぶでしょう」
「楚漢の争い、と」
李牧は静かにその言葉を聞いていた。
神は真剣な眼差しを向けた。
「李牧殿。その男こそが、貴方の新たな『王』となるのです」
「私の王になる? その劉邦という男が」
劉邦、その名が、李牧の心に響いた。
神は言う。
「今の貴方は、少しだけ天界に近づきました。しかしまだ魂は完全に浄化されてはいないのです」
「魂が浄化されるには、何が必要なのですか?」
「それは、いずれ分かる時が来るでしょう。使命の果てに何があるのか。それを見極めた時、貴方の魂は浄化され、成仏した後、天へと導かれるのです」
李牧は静かに目を閉じた。
そして神の意思に抗うことなく、今度もまた新たな世界での使命を受け入れた。
『戦を早く終わらせ、できる限り無駄な血を流させない』
その使命を胸に刻む。
「行ってらっしゃい。次の世界へ李牧殿」
光が弾けた。
次の瞬間、李牧の姿は消えていた。
ーーーー
「神よ、帰ってきたよ」
「おかえりなさい。ご苦労様でしたね。楊端和殿」
「それで李牧殿はどこだい? 天界に上がったのかい? それともまた別の世界へ行ったのかい?」
「はい。彼には新たな世界へ向かってもらいました」
「なら、あたしもそこへ送っておくれよ」
神は、少しだけ困ったように微笑んだ。
「それがですね、今度の世界には、貴女の魂が入れる器がないのです」
「器?」
「はい。貴女はすでに成仏している。
成仏した魂は、肉体という枷から解き放たれ天へ昇る存在になります」
「それが何だい」
「ですから今の貴女には肉体がないのです。異世界へ行くには、魂を宿す身体が必要です。
レイヴァ殿のように、生きた肉体に転生する形ですね」
「じゃあ李牧殿はどうなんだい」
「彼はまだ成仏し切れていなかった」
「は?」
「成仏し切れなかった魂は、完全に肉体を失いません。つまり肉体という枷を持ったままなのです。彼は天界と人間界の狭間に留まり、いつか成仏できる機会が来るまで待つのです」
「待つ?」
「はい。再び成仏できる機会が与えられた時、すぐに向かえるように魂は身体の形を保ったままなのです」
「つまり?」
「貴女はすでに天の存在になった。しかし彼はまだ人間の世界に心を残していた。つまりは未練です。だから彼は、そのまま次の世界へ送ることができたのです」
楊端和は腕を組み、眉を寄せる。
「未練、ねぇ……たしかに奴は嵌められ、命を落としたからな」
楊端和が天を見上げて言う。
「あいつはさ、いつも戦を終わらせたくて戦ってたような気がするんだ。だからきっと、まだ終わらせ切れてないんだろうな」
彼女は寂しそうに呟いた。
「要するにあたしの場合は、綺麗に終わりすぎたってことだね」
「ええ。それはとても幸せなことなんですよ」
神は静かに頷く。
「貴女は、やり切ったのです。しかし李牧殿の魂は成仏し切れるまで何度でも転生を繰り返し、完全に成仏した時に初めて天界へ上がることができるのです」
「いまいち、よくわかんないね」
「ですから今度、李牧殿が戻って来た時に、まだ成仏し切れてなかったら別の世界へ送ります。その世界に楊端和殿の魂が宿れる器があればその人に宿しましょう。ですから今回は上から見守って下さい」
楊端和は、ゆっくりと下界を見下ろした。
「李牧殿。待ってるよ……ずっとさ」
そして彼女は微笑んだ。
「まあ、よくわからないけれど、今回は仕方なさそうだね」
「ほほほ。ではそういうことでお願いしましたぞ」
神は笑いながら楊端和を見つめ、去っていった。
(さてと、あたしもそろそろ上に上がって見守るとするか)
こうして李牧は次の異世界へと旅立っていった。




