表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
李牧(りぼく)転生する  作者: ヴァンドール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/48

40話(李牧の昔話)

 道を進むほどに人の姿は消え、建物すら見当たらない。

 ただ果てしない荒野が広がっていく。


 皇女は馬車の中からその景色を見つめていた。


「これが……草原」


 その声に、並列して進んでいた李牧が目を向ける。


「はい。匈奴(きょうど)の大地です」


 皇女はしばらくその景色を見ていた。


 木はほとんどない。山もない。ただ風と草があるだけの世界。


「なんだか不思議なところですね」


 その時、後ろから声が聞こえた。


「不思議というより、戦いにくそうな場所だな」


 そう言ったのは韓信だった。


 韓信は馬を寄せ、周囲を見渡した。


「遮るものが何もない。これでは隠れることもできん。伏兵も難しいな」


 李牧は笑った。


「ええ。だからこそ厄介なのです」


「李牧殿はここで戦ったことがあるのか?」


 李牧は少し黙り、そして懐かしそうに風の向こうを見た。


「ええ。ずっと昔のことです」


 そう言いながら李牧は昔に思いを馳せていた。


「私がまだ(ちょう)の国の将軍だった頃」


 韓信は興味深そうに言う。


「聞かせてくれ」


 皇女も興味深そうに聞いていた。


 李牧はゆっくりと話し始めた。


「当時、北の国境は絶えず襲われていました。相手は匈奴(きょうど)です」


 李牧の目つきが鋭くなった。


「彼らは騎兵がすべてです。それらは、軽く、速く、そして引くのも早い」


 韓信が頷く。


「なるほど」


「普通の将軍なら追撃します。ですが、それではまず勝てない」


 韓信が笑う。


「逃げる敵を追えば、逆に囲まれるということか」


「ええ」


 李牧は頷いた。


「だから私は命じました。城から出るな、と」


 韓信が目を丸くする。


「出るな?」


 皇女も驚いていた。


「匈奴が来れば、城門を閉じ、村人はすべて城内に避難させる。兵は守るだけで、決して攻めさせない」


 韓信が吹き出した。


「それは臆病者と言われただろう」


「ええ。国でもそう言われました。李牧は戦わない将軍だ、と」 


 李牧は苦笑した。


 皇女が思わず言う。


「ですが、それは……」


 李牧は頷いた。


「時間が必要だったのです」


 韓信が目を細めた。


「何のために?」


 李牧は草原を見た。


「敵を油断させるためです。私は何年も守り続けました。匈奴はやがて思い始めます。『趙は弱くなった』と」


 韓信が笑う。


「何年も? それが罠か。それにしてもそんなに長い間よく堪えたな。」


 李牧は頷いた。


「ある日、私は突然兵を出しました。羊や牛も外に出す。そして弱そうな部隊を見せる」


 皇女が息を呑む。


「匈奴は……」


「ええ」


「見事、食いつきました。我々は10万の大軍を引きずり出すことに成功した」


 韓信が笑う。


「草原の騎兵は獲物を逃さないからな」


 李牧は続けた。


「彼らがより深く侵入したところで、伏兵を動かしました。左右から騎兵を回し、後ろを塞ぐ」


 韓信が思わず口笛を吹く。


「大包囲網か」


「そうです。逃げ場を失った匈奴軍を文字通り、殲滅(せんめつ)しました。その戦いで匈奴は大きな損害を受けました」


 李牧は遠くを見た。


「その後しばらく、匈奴は趙の国境へは近寄らなくなりました」


 皇女は黙って聞いていた。そして口にした。


「では……李牧様は、匈奴と戦って勝ったのですね」


「いいえ、勝ったとは思っていません」


「ほう?」 


 韓信が眉を上げる。

 


 李牧は草原を見ながら遠い目をした。


「彼らは強い民です。土地も生き方も違う。だから衝突するのです」


 沈黙の後、李牧は言った。


「ですが、戦わずに済むなら、それが一番です」


「だから姫を嫁がせる策か」


「ええ。刃よりも強いものがある」


「それは人の覚悟ですね」


 皇女の言葉に李牧は少し驚き、そして、微笑んだ。


「その通りです」


 韓信は急に遠い目をした。そして、遥か遠くの草原の向こうに思いを馳せた。


「そういえば、今思い出したよ。いつだったか兵法の話をしている時に聞いた話だ。ああ、あの話は李牧殿のことだったんだな」


 そう言って少し口元を緩めた。


「李牧殿は『勝ったとは思っていない』と言ったが、実際はぐうの音も出ないほどの完全勝利だったと聞いていたぞ」


 それから韓信はまるで自分のことのように得意気な顔をした。


「匈奴は、その男がいる限り、絶対に勝てないという恐怖が刻み込まれ、その男が前線を離れるまでの十数年、平和が保たれたとも聞いていたな」


 言い終えた韓信の顔を見て、李牧は笑みを向け、一言だけ呟いた。


「遠い昔の話です」


 そして李牧は話を変えるように気合いを入れた。


「さあ、姫のその覚悟が、草原の王に通じるか、これからです」


 風が強く吹いた。李牧はその風を受けながら思った。


『あの頃は、この民と刃を交えた。しかし、今は違う』


 草原の向こうを見つめ思う。


『今度は戦を止めるために来た』


 隊列は、さらに北へ進んでいった。

 その先に待つものを、まだ誰も知らぬまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ