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李牧(りぼく)転生する  作者: ヴァンドール


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35/51

35話(皇帝《後の文帝》の母、太后薄姫)

 その後、皇帝は広間に臣下を集めた。そして皆の前でしばらく二人を見つめていた。


 そしてゆっくりと口を開いた。


「そなたたちに問おう。何ができる」


 韓信が先に答えた。


「戦」


 広間がざわめく。しかし韓信は気にした様子もない。しかし、李牧は内心少し焦っていた。


「俺は戦で勝つことしか知らん。それが俺の生き方だった」


 皇帝は次に李牧を見る。


「そなたは?」


 李牧は内心の焦りを隠して答えた。


「国を守ることです」


(あー、本当に韓信殿一人を、こちらの世界に向かわせずに良かった。いくらなんでも戦を好まない陛下の前でいきなりできることが戦はないだろう。共に来た甲斐があった)


「守る?」


 皇帝が問い返す。


「ええ。戦で守ることもできます。しかし、戦を起こさせないことで守ることもできます」


 広間が静まり返った。


「こいつはそういう男だ」


 韓信が横で笑うのを見ながら、李牧は思った。


(まったく人の気も知らないでよく言ってくれる)


 皇帝は興味深そうに李牧を見た。


「戦わずして守る、か」


「ええ」


「それができるのなら、この国はさらに平和になる。まさに私が目指している世界だ」


 そして二人を見比べた。


「戦に長けた男。そして戦を止める男。面白い組み合わせだ」


 官僚の一人が慌てて進み出た。


「陛下!」


「素性も分からぬ者を、そのようにお扱いになるのはどうかと」


 皇帝は手を上げ、官僚は口を閉じた。


「人を見るのに、家柄はいらぬ」


 そして二人を見た。


「そなたたち。私に仕えて欲しい」


 広間がざわめいた。


「いきなりだな」

 

 韓信が笑った。


「そなたたちほどの者が、この国に現れた。それは私自身、望んでいたことだ。それにそれを見過ごすほど、私は愚かではない」


 韓信は李牧を見た。李牧は静かに礼をした。


「お受けいたします」


「まあいい。退屈はしなさそうだ」


 韓信がまた余計な一言を言った。


 それでも皇帝は満足そうに頷いた。


「この国に、戦は必要ない。この地は民が安らかに暮らせる国でありたい」


 李牧はその言葉を聞き、わずかに目を細めた。


(なるほど。この御方こそが、神が我らを導いた皇帝なのですね。その目に宿る慈悲、確かに感じ取れます)


 すると韓信が笑う。


「いいじゃないか。戦のない時代を守るってのも。李牧殿の得意分野だろ?」


「そうかもしれません。それに戦はなくとも人がいる限り、争いは起きます。その争いを抑えることこそ我々の使命ですよ。韓信殿」


 それを聞き、韓信はハッとした顔をした。


(韓信殿、まさか忘れていませんよね)


 李牧は苦笑していた。


 こうして二人の将は、戦の少ない時代の、戦を好まない皇帝に仕えることになった。

 それは、剣の代わりに、知恵の火花が散る、新たな時代の幕開けだった。




ーーーー


 その時だった。


「皆の者」


 広間の奥で、優しいが、凛とした声が聞こえた。


 官僚たちが一斉に振り向く。

 そして慌てて頭を下げた。


「太后様……!」


 一人の女性がゆっくりと歩み出てきた。


 年若くはない。

 しかし、その姿には不思議な威厳があった。


 決して華美ではない衣。飾りも最小限だった。しかし、その場にいる誰よりも強い存在感を放っている。


 皇帝、劉恒がわずかに頭を下げた。


「母上」


 現れた女性は、微かに微笑んだ。


 この国の太后。薄姫だった。


 太后はゆっくりと二人を見た。


 李牧。そして韓信。


 その瞳は、まるで二人の奥まで見通しているかのようだった。


「なるほど。そなたたちが、陛下の言っていた知略に長けた者か」


 二人が頭を下げた。そして文帝が頷く。


「はい。面白い者たちでしょう?」


 太后はふっと笑った。


「確かに」


 そして韓信を見た。


「ずいぶんと荒々しい気を持つ男だ」


 韓信が眉を上げる。


「初対面で随分言うな」


 官僚たちが青ざめた。しかし太后は気にした様子もない。むしろ楽しそうだった。


「それでいい。いざという時、色々な意味で戦える者が必要だ」


 韓信が思わず笑った。


「ははっ。気に入った」


 次に太后が李牧を見た。


 その瞬間、李牧の胸に、わずかな違和感が走った。


(……この気配はどこかで感じたことがある。しかし、思い出せない。だが、懐かしさを感じる)


 太后は李牧をじっと見ていた。


「そなたは一見、静かな男だが、しかしその目は戦を知っている男のものだ」


 李牧は静かに頭を下げた。


「恐れ入ります」


 太后は満足そうに頷いた。


「陛下」


 皇帝が顔を向ける。


「この二人、手放してはならぬ」


 太后は言った。


 すると官僚たちがざわめいた。しかし文帝は穏やかに答えた。


「もとより、そのつもりです」


「ならよい」


 そう言って下がろうとしたところで、ふと足を止めた。


 そして二人に言った。


「この宮廷は、戦場とは違う。しかし、油断すれば、戦場より恐ろしい」


 韓信が肩をすくめる。


「望むところだ」


 太后は微かに笑った。そしてそのまま広間を去っていった。


 韓信がぽつりと言う。


「なんだあの女どこかで……」


 李牧はまだ扉の方を見ていた。


(今の気配……やはりどこかで)


 韓信が腕を組む。


「皇帝より怖そうじゃないか」


「ええ。この宮廷で、一番侮ってはいけない方かもしれません」


 そう言って李牧はわずかに笑った。


 遠くの廊下で、太后の足音が消えていった。


 かつて水を統べていた『黄河の女王』楊端和の魂は太后という器の中で笑っていた。


(また会えたね。李牧殿。そして韓信も)


 しかしその声は、まだ二人には届かなかった。


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