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李牧(りぼく)転生する  作者: ヴァンドール


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33/48

33話(幕間)

 白い光の世界。


 静寂が広がるその場所に、一人の影が現れた。


「やれやれ……」


 現れたのは、かつて『黄河の女王』と呼ばれていた楊端和だった。


 彼女は辺りを見回した。


「神よ、いるんだろ?」


「おや? お帰りなさい」


 光の奥から神の声が聞こえた。


「帰ったよ。帰ったけどさ、いくら濃姫の中にいるのがあたしだって知らないとはいえさ、さっさと二人で帰るなんて、随分じゃないか」


 神は思わず笑った。


「彼ららしいではありませんか」


「まあね」


 楊端和は肩をすくめた。


「でもさ、少しぐらい待ってくれてもよかっただろうに」


 そしてふと、思い出したように言った。


「それにしてもさ。濃姫、いや、日ノ本の女って、すごいね」


 神が興味深そうに問う。


「ほう?」


 楊端和は腕を組んだまま話を続けた。


「側室がいるのに怒りもしない。その上、それぞれ役割がある、なんて言ってのけるんだ」


 彼女は感心したように笑っている。


「いやあ、まったく驚いたよ。あたしなら絶対、許さないがな」


 その言葉を聞き、神は少しだけ考えていた。


 そしてゆっくりと語り始めた。


「……もし、 呂雉(ろち)がそのような女性であったなら」


 楊端和が眉を上げた。


「呂雉?」


「ええ」


「彼女は劉邦の妻でした。ですが、夫が亡くなった後、権力を握り、漢の朝廷を呂一族だけで支配しました」


 楊端和の瞳が、驚きに変わった。


「その統治は、あまりに残酷でした。自分を脅かした側室の 戚夫人(せきふじん)を捕らえると、手足を切り落とし、目をくり抜き、薬で声を奪って便所に投げ捨て……それを『人豚』と呼んで嘲笑ったのです。実の息子である恵帝ですら、その母の所業に絶望し、若くして病に倒れ、亡くなったほどです」


 楊端和の瞳は今度は怒りに変わった。


「その後、彼女が亡くなったあと、臣下たちは恐れました。再び呂一族が国を支配するのではないかと」


 神は詳しく楊端和に語り続けた。


 そこで重臣たちは動いた。


 呂一族を排除し、次の皇帝を決める会議が開かれた。そこで選ばれたのが、 劉恒(りゅうこう)だった。


「彼は後に漢の文帝(ぶんてい)として語り継がれる人物です」


 楊端和が頷く。


「どうしてそいつが選ばれたんだ?」


「理由は二つあります。一つは、人柄。彼は非常に謙虚で、賢明な人物として知られていました。

そしてもう一つは外戚です」


 楊端和が首を傾げる。


「外戚?」


「母方の一族のことです」


「臣下たちは恐れていました。再び呂雉のような強い外戚が現れることを。しかし劉恒の母は『薄姫』と呼ばれ、その実家は家格が低く、政治に介入する力もありませんでした」


 楊端和が吹き出す。


「なるほど。強すぎる女を避けたってわけか」


 なぜ彼女が『薄姫』と呼ばれたのか。


 本来、劉邦の側室たちは皆、彼の死後に正妻、呂雉の手で無惨に殺された。

 しかし、戦利品として連れて来られた彼女は、一度たりとも劉邦の寵愛を受けることがなかった。

 唯一授かった男子に対しても、劉邦は一切の情を向けなかった。


 親子は城を追われ、北辺の地、『代』へと追いやられる。そこは、王の暮らしとは名ばかりの、寒風吹きすさぶ貧しい国。彼らはそこで、平民と変わらない生活を余儀なくされた。


 皮肉にも、その『忘れ去られた存在』であったことが呂雉の嫉妬から彼らを遠ざけ、唯一、生き延びることができた。


 光が揺れた。


「李牧殿と韓信殿は、まさにその時代、その親子の元へと向かいました」


 楊端和の目が光った。


「へえ?」


 そしてにやりと笑った。


「戦の少ない時代、だっけ?」


「ええ」


「それはなんだか、あたしにはつまらなそうな時代だな」


 楊端和はもう一度腕を組んだ。


「神よ。まあ、それでもいい。私もそこへ行かせておくれ」


 神は少し黙った。


「……」


「何だいその沈黙は。さすがに続けて三人の転生はまずいか?」


「あなたはすでに魂を浄化し、天へ上がっています。本来ならば転生する必要はありません」


 楊端和は笑った。


「退屈なんだよ。それにさ」


 彼女は少し真面目な顔をした。


「李牧殿は、あたしの友であり、まだ勝負の決着がついていないのさ。それに何より放っておけない」


 神は少し困った顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「分かりました」


 楊端和の目が輝く。


「本当か?」


「ただし。貴女は彼らと同じ立場では転生できません」


 光が大きく揺れる。


「次の世界での貴女の器は『薄姫』すなわち未来の皇帝、文帝の母です」


 楊端和は一瞬黙った。

 そして、豪快に笑った。


「ははっ! 面白そうじゃないか」


「ではさっそくですが、行ってください。次の世界へ」


 光が広がった。


 楊端和の姿が、その中へ消えていく。


 神はため息混じりに呟いた。


「さて、三つの魂が再び交わる時、この平和な時代は、どう動くのでしょうか」


 光の世界は、再び静寂に包まれた。


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