32話(神との駆け引き)
光が二人を包み込む。そして、世界が消えた。
次に二人が立っていたのは、白い光に満ちた場所だった。
そこは静寂の世界。
その奥から、聞き覚えのある声が響く。
「よく戻りました」
李牧はすぐに頭を下げた。
「神よ」
「李牧殿。貴方は与えられた使命を見事に果たしました。よってこれより天界へ導きましょう」
「それは私一人だけということですか?」
「もちろんです」
「だとしたら、私はまだ救われてはいません」
「なぜです?」
「私は、自分の魂を救うためにこの世界へ来ました。確かに私の忠義は報われました。だから魂も救われたのかもしれません」
李牧は顔を上げた。
「ですが、それは前にも言った通り、韓信殿の忠義と命を代償にして得たものです。私一人が天界へ上がるわけにはいきません」
沈黙が落ちる。
「上がる時は、韓信殿と二人一緒です」
韓信は二人の話に一切、言葉を挟めずにいた。
李牧は頭を下げた。
「どうか、彼の魂も一緒に」
光がわずかに揺れ、神の声が響く。
「韓信殿はまだ早すぎます。なぜなら彼の魂は野心によって滅びたままです」
「それでも、私たちは、神が仰った通り、時代を動かす王を見極め、その戦を助けました。彼こそがいつか訪れるであろう平和な世界の礎で間違いありません。その彼を導けたのは韓信殿と一緒だったからです」
しばらく沈黙が続いたが、やがて神が言った。
「李牧殿。それほどまでに韓信殿と共に天へ上がることを望むのですか」
李牧は迷わず答えた。
「はい。韓信殿が救われぬ限り私の魂もまた、完全には救われません」
光が大きく揺れた。
「分かりました。それならば、韓信殿に、次の世界で天界に上がれる機会を与えましょう」
李牧は顔を上げた。
「しかし条件があります。彼の魂は強すぎる。放っておけば再び同じ道を歩むでしょう」
光が李牧を包んだ。
「だからこそ、次の世界では貴方が彼を導くのです。韓信殿一人ではきっと次の転生では魂の浄化は無理でしょう。李牧殿、貴方がいれば叶うかもしれません」
李牧は神に頭を下げた。
「承知しました」
「では次の世界へ」
光が広がっていく。
「そこは戦の少ない時代。貴方たちが今まで知らなかった世界です。それでも争いは起きます。その争いをできる限り戦わず抑えること、それが最後の使命です」
二人が目を閉じる。
やがて神の声だけが響いた。
「次の世は、漢の文帝の治世。そこで韓信殿の魂は、試練を迎えるでしょう。李牧殿、彼を頼みましたぞ」
二つの光がゆっくりと消えていった。
その場には、もう誰もいない。
ただ、静寂だけが残っていた。
やがて神は、誰に聞かせるでもなく、静かに呟いた。
『李牧殿、やはり貴方という人は……』
その声には、どこか敬意が込められていた。
『己の救いよりも、他者の魂の救いを選ぶ。それこそが、貴方の強さであり、同時に優しさでもある』
光がかすかに揺らいだ。
『韓信殿の魂は、確かに危うい。しかし、彼一人では辿り着けぬ場所も、貴方と一緒であれば、叶うやもしれません』
神は少し考えた。
『導く者と、導かれる者。二つの魂が揃ってこそ、成し得る道もある。それゆえに、この巡り合わせを与えました』
白い光が、再びわずかに満ちる。
『次の世でもまた、試練は避けられぬでしょう。それでも、貴方のその優しさが、ひとつの魂を救い、やがて多くの命を救うことになるのです』
神はゆっくりと目を閉じた。
『すべては、次の世ですべてが解き明かされます。私は信じていますよ李牧殿』
その言葉だけが、いつまでも響いていた。




