29話(いざ桶狭間の戦い)
出陣の合図が、清須城に響いた。
城門が開き、兵士たちが次々と外へ出ていく。
先頭には、鎧を纏った一人の男、織田信長がいた。その後ろに、李牧と韓信が続く。
空は暗く、今にも雨が降り出しそうな気配だった。
まるでこの戦の行く末を暗示するかのように。
韓信が空を見上げ、笑った。
「いい空だ」
「ええ。これから荒れます」
李牧が含みのある言い方をした。
「雨か?」
信長が聞く。
「おそらく」
李牧は笑って答えた。
「雨は、敵の注意力を削ぎ、我らにとって最高の隠れみのになります」
韓信が肩をすくめた。
「討ち取るには好都合だな」
信長は豪快に笑った。
「よし、行くぞ!」
尾張の兵は、進んだ。
やがて空が暗くなり、雷が鳴った。それはまるでこの戦の始まりを告げる合図のようだった。
そして突然、大粒の雨が降り始める。
兵たちは濡れながらも進み続けた。誰一人として立ち止まる者はいない。
一方その頃。
今川軍は桶狭間の谷間に陣を張っていた。
大軍は長い移動の疲れから、各所で休んでいた。
酒を飲む者。鎧を外して休む者。勝利を疑う者は、誰一人いなかった。
そう、勝利は、すでに決まったものと信じていたからだ。
今川義元もまた、陣の奥でくつろいでいた。
「尾張など、明日には終わる」
義元はそう言って笑った。
その時だった。雨の向こうで、何かが動いた。
次の瞬間。
「敵襲ッ!!」
怒号が響いた。雨を切り裂くように織田軍が突入した。
その先頭にいたのは信長だった。
「かかれぇ!!」
わずか二千の兵が、三万の軍へ突っ込んだ。
その速さは、まるで嵐のようだった。
今川軍は完全に混乱した。
「な、何だ!?」
「敵だ! 敵襲だ!」
逃げ惑う兵。武器を探す兵。
隊列はあっけなく崩壊した。
韓信はその様子を見て笑った。
「終わりだな」
李牧は前を見据える。
「大将はあちらです」
雨の向こうに、旗が見えた。それは今川軍の指揮官を示していた。
信長は叫んだ。
「義元の首を取れ!」
激しい斬り合いが始まった。
そんな中、一番槍が義元に向かった。
そして、次に、一人の武士が義元の前へ躍り出た。
刃が煌めき、その瞬間、首が討ち取られた。
今川義元は、その場で倒れた。
その死は、あまりに呆気なかった。
大将の死は、瞬く間に軍へと広がった。
「義元様が討たれた!」
その瞬間。三万の軍は崩れた。
逃げる兵たち。
桶狭間は一瞬で地獄となった。
そして雨は、いつの間にか止んでいた。
そこに信長は立っていた。足元には、今川義元の首。
信長はそれを見下ろし、笑った。
「終わったな」
韓信が頷く。
「思ったより早かったな」
李牧は空を見上げた。
「これで尾張の戦は変わります」
「変わる?」
「ええ。今日から、織田信長の名は天下へ広がります。貴方は時代を動かす最初の一歩を踏み出したのです」
「これで、ようやく戦乱の世の、終わりの一歩が始まったな」
韓信は笑いながら言った。
(二人は神との約束を思い出していた)
信長は刀を収めた。
「終わりの一歩? まだ踏み出したところか。ならば見ていろ」
信長の目が光った。
「俺がこの戦乱の世を終わらせてみせる」
その言葉を聞きながら、李牧は思った。
(この男は戦乱の世を終わらせる王ではない。しかし、この男こそその道を切り開く王なのだ)
こうして桶狭間の戦いは終わった。
しかし、それは、戦国の世を終わらせる戦いの始まり、そう、まだ最初の一歩に過ぎなかった。




