26話(清須城陥落)
尾張随一の水で守られた要塞。
清須城の夜、は不気味なほど静まり返っていた。
城門の上では兵士があくびをしていた。
「静かな夜だな」
「聞いたか? 那古野の『うつけ』は、今日も川で素っ裸になって泳いでいたそうだぜ」
「家督を継いでそれか。これじゃあ、我が 信友様が動くまでもねえな」
兵士たちがそう言いながら、笑って合っている。
その時だった。後ろから、足音がして、首筋に風を感じた。
「誰だ?」
振り向いた瞬間。シュッ。刃が、喉を切り裂いた。
兵士は声を出す間もなく倒れた。
闇の中から現れた男が言った。
「いよいよだな」
男の目は、まるで獲物を狙う野獣のように鋭かった。
織田 信光。彼は信長の叔父にして、この惨劇の引き金を引いた張本人であった。
本来であれば、この清須城主、信友の重鎮の一人。しかし、彼は甥である信長の『天下』という言葉に、自らの野心を抱いたのだ。
信光の手勢により、城内の兵たちは、すでに制圧されていた。
「城門を開けろ」
信光のその声に逆らう者など一人もいない。兵たちが一斉に動く。
巨大な門が、ゆっくりと開いていく。
清須はもう守りの城ではない。主君を裏切る、敵の武器になっていた。
ギィィーと音を立てて夜の闇の中、城門がゆっくりと開いた。
その時だった。無数の影が一斉に動いた。
それは尾張の軍勢だった。
先頭には馬に乗った若者が不敵に笑っていた。
彼の名は織田信長。そしてその隣には、二人の男がいた。李牧と韓信。
韓信は、呆気なく開いた門を見て笑った。
「本当に開きやがった」
李牧も頷く。
「見事です、信光殿」
信長が愛馬の腹を蹴る。
「突撃ィッ! 清須を、俺の庭に変えろ!」
鋭い声だった。
次の瞬間。
ドドドド! 兵たちが一斉に城内へ雪崩れ込む。清須城は完全に不意を突かれていた。
「敵襲!!」
城内で鐘が鳴り、兵たちが慌てて飛び出す。
しかし、もう全てが遅かった。
韓信が笑う。
「かなり混乱してるな」
李牧は周囲を見渡していた。彼は冷静だった。
「中央は信長様に任せましょう」
「俺たちはどうする?」
李牧は武器庫を指した。韓信が笑う。
「なるほど。慌てて武器を取りに来ても遅いということか」
その時だった。
城の奥から武将たちが現れた。
「貴様! 織田信長か!」
信長は馬上で笑みを浮かべた。
「見ればわかるだろう。それより寝込みを襲われた気分はどうだ」
そして次の瞬間、刀を抜いた。
「尾張はな、最初から俺のもんだ!」
兵たちがぶつかり合い、刃が交わり、火花が散る。
清須城の夜は、一瞬で戦場になった。
その少し離れた場所。
城壁の影で、一人の女性が馬に跨っていた。
そこには濃姫がいた。彼女は戦場を見渡していた。
『ふふ。やっぱりね。これではまるで(うつけ)の遊び場も同然』
信長が兵を率いて突き進んでいるのが見える。
その後ろでは李牧が軍を従え、韓信が奇襲を繰り返していた。
濃姫は笑いながら呟く。
『これでもう、清須は殿の手中。誰が仕組んだのかしらね? 戦う前から、清須の(盾)を(矛)へと変えていた者は』
遠くでは、城の鐘が鳴り続けている。
その音はまるで、新たな主の到来を告げるように響いていた。
この夜。清須城は陥落した。
そして、若き城主、織田信長の名が、尾張中に広がることになる。
それは後に、天下へ続く最初の一歩だった。




