18話(国士無双・背水の陣)
韓信が正式に大将軍に任命されたことで、漢軍の士気は一変した。
しかし、昔から劉邦を支えてきた将軍たちの中には『実績もない若造が』と韓信をバカにし、不満を隠さない者もたくさんいた。
こうなることを予想していた李(李牧)は『一刻も早く、韓信の実力をみんなに認めさせないと、軍がバラバラになる』と考えた。
李は、韓信の陣営を訪れ、二つの策を進言した。
「大将軍。貴方は今、漢軍にとって『国士無双』とならねばなりません」
『国士無双』とは、『国の中に二人といない唯一無二の存在』という意味だ。李は、この言葉が未来にまで伝わる韓信の代名詞になることを知っていた。
「私の役割は、あなたの才能を世界に知らしめることです。まずは『関中の制圧』。項羽が気づいて追いかけてくる前に、この地を完璧に我々の拠点にしましょう」
李は地図を指し示し、具体的に説明した。
まずは速さ勝負の関中攻略(項羽が配置した旧秦軍の将軍、章邯らを奇襲で一気に撃破し、劉邦の陣営を完成させる)
次に、韓信個人の確立(この初陣で圧倒的な勝ち方を見せ、『韓信こそが救世主だ』と全軍に認めさせる)
韓信は、李の精密な作戦に感銘を受けながらも、ふと自嘲気味に問いかけた。
「李殿。あなたは、俺がまだ何者でもなかった頃の、あの『股くぐり』の恥を知っているか?」
かつて、町の不良に絡まれた韓信が、無駄な争いを避けるために言われるがまま股をくぐり、周囲の物笑いの種になった事件。それは韓信にとって一生消えない傷だった。
「もちろんです」
李は迷いなく答えた。
「あの時、あなたが刀を抜いて相手を殺すのは簡単だった。でも、そこで手を汚せば、あなたの描く大きな未来はそこで終わっていたはずです。あなたは、自分のプライドよりも『天下を獲るという夢』を選んだ」
李の瞳には、軽蔑の色など微塵もなかった。
「項羽は、自分の怒りやプライドを抑えきれずに動く男です。しかし、あなたは違います。『理屈』と『全体の流れ』を優先し、自分自身を完璧にコントロールできる」
李は、韓信の目を見ながら語りかけた。
「あの『股くぐり』の時、あなたは屈辱に負けて相手を殺すよりも、未来の勝利のために自分を抑える道を選んだ。その異常なまでの忍耐力、それこそが、感情のままに暴れるだけの項羽を上回るのです」
韓信は李に尊敬の眼差しを向けた。
李は、自分の過去の経験から『感情に流されない指導者の重要性』を誰よりも知っていた。
関中平定に向けた軍事会議が始まった。韓信は李の策を採用し、 章邯らを撃破するために兵を進めた。
李(李牧)はこの時、後に韓信が使うことになる伝説の作戦『背水の陣』のヒントを与えた。
「大将軍。今の拠点を制覇した後、さらに先へ進む時が来ます。もし敵の大軍に囲まれたら『絶体絶命のピンチをチャンスに変える』戦い方が必要です」
李は地図を指さし、川や崖を背中にして陣を構える配置を教えた。それは、軍の常識からすれば『自分から全滅しに行くようなもの』でした。
「逃げ場がないと知れば、兵士たちは生き残るために必死で戦います。逆に敵は『あいつら自爆する気か?』と油断して、手加減をしてくるでしょう。その隙を突くのです」
韓信は李の言葉を聞き、その『人の心を利用した恐ろしい作戦』に目を見張った。
「これは、兵法でも教えない危険な策だ。だが、勝てば敵のやる気を完全に折ることができる。面白い!」
李は知っていた。この戦術がのちに趙との戦いで使われ、歴史に刻まれることを。
彼は韓信の天才的なひらめきを引き出し、さらに高いレベルへ導こうとした。
こうして李は、劉邦の天下取りに欠かせない韓信という男を、正しい歴史のレールの上へと乗せることができた。




