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李牧(りぼく)転生する  作者: ヴァンドール


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13/51

13話(幕間)

 次に目を開けた時、そこは白でも黒でもない、ただ色のない空間だった。


「来ましたか」


 声が響く。


「神よ」


 李牧は頭を下げながら、納得のいかないことを口にした。


「私は、どうしても劉邦という男は、導くには値しないと思います」


「理由は何ですかな?」


「彭城から逃げる際、その男は言ったそうです。重ければ追いつかれる、と。だから、自分の子を馬車から落とした。三度も。己が生き延びるためだけに」


 言葉にすると、胸が痛んだ。


「そのような男を、動乱を生き抜く男として、天下に導くことが本当に正しいのか。私は迷っております」


 しばしの沈黙が続いた後、神は、李牧に話しかけた。


「李牧殿。まずは、これを見てください」 

 

 鮮明な映像が頭の中を流れる。


 大地が現れる。そこは荒れ果てた地。

 縛られ、俯いている無数の兵士たち。


 神が経緯を語り始める。


項羽(こうう)が、降伏した秦の兵士二十万を生き埋めにした場所です」


 穴が掘られ、そこに兵士が突き落とされていく。そして上から土が被される。叫びが声響く。やがてその声は、土に消えていく。


 そんな壮絶な光景を李牧は目を逸らさず、食い入るように見ていた。


「生かしておいては、捕虜の食糧が足りなかった。監視も足りない。反乱の危険もあった。そう、理由はあったのです。戦としては合理的です」


 その時、李牧の脳裏にあの日の言葉が蘇る。


(規模こそ違うが、あの時と同じ状況だ。アザニール王国でザイール将軍に言われたな。『その甘さ覚えておこう』と。やはり私は甘いだけなのか? いいや、違う……)


 神の声は淡々としていた。


「李牧殿。この日、項羽は恐怖によって支配する者となったのです」


 逆らえば殺されるのではない。

 従ってもなお、殺されるかもしれぬと知らしめた。


 降伏が救いにならぬなら、戦場にあるのはただ、恐怖と絶望だけです。

 


ーーーー


 そして景色が変わる。


 若き日の項羽。


 その傍らに立つ、一人の老人。彼の名は范増(はんぞう)


 神が告げる。


「項羽が唯一、父のように慕った男でした」


 それほどまでに信頼していた。

 楚が弱小だった頃から、范増は項羽を見抜いていた。


「この若者こそ、いつか天下を獲る器だと」


 彼は、戦のたびに策を授け、進むべき道を示しました。時には息子のように怒りもした。


 項羽を叱れる唯一の人間だった范増。

 その関係は、揺るがぬものだった。


ーーーー


 やがて秦が滅びる。


 しかし咸陽(かんよう)(秦の首都)へ先に入ったのは劉邦(りゅうほう)だった。


 怒る項羽に、范増は進言する。


「劉邦は野心を持つ。今ここで討たねば、いつか必ずや災いの元になる」


 しかし……


 鴻門(こうもん)の宴。

 劉邦はこの時、命を狙われていた。


 范増は何度も合図を送る。今こそ討て、と。だが項羽は決断できなかった。

 情が、迷いが、彼の刃を鈍らせた。

 そして劉邦は逃れた。


 宴の後、范増は言った。


「今討たねば、必ず後悔する」


 その言葉は、やがて現実となるのです。


ーーーー


 しかし、悲劇は、ここからです。


 劉邦は離間の策(相手の仲を裂く)を用いる。


 「范増が独断で動いている。楚を乗っ取る気だ」


 そんな噂を流した。


 疑念なんてものは、ほんのわずかでよい。

 それが、二人の信頼を崩してしまった。


 項羽は、迷った。そして最後、范増を遠ざけてしまった。


 軍から離し、帰郷を促した。

 それは彼にとって追放に等しかった。


 それでも范増は怒らなかった。ただ深く一礼し、去っていった。


 しかし胸の内は、煮えくりかえっていた。


『このわしまでを疑ったか』


 若き日から支え続けた主に道中、怒りは消えず、それが原因で病となる。

 そして范増は死んだ。


 もちろん劉邦のもとへ行くこともなく。弁明もせず。ただ失意のまま。

 項羽は、劉邦の元へ行かなかった范増を見て、初めて気づいた。『あれは劉邦の策』だったと。


 神は言う。


「范増を失った時、項羽は初めて後悔した。疑うべきでない者を疑ったと。彼は唯一自分を戒めてくれる人を失ってしまった。その結果、彼は全てを一人でやろうとした。それは彼があまりにも強かったせいでもあるのですがね」


ーーーー


 神の声が、強くなる。


「二十万の命を埋めておきながら、目の前のたった一人の敵を殺せず。唯一信じた者を疑い、失った男。それが項羽なのです」


 映像が変わる。


 彭城。


 逃げる劉邦(りゅうほう)。馬車から落とされる子。泥にまみれながらそれでも走る。


「醜い。情けない。非情に見える。だが彼は生き延びる。彼が生き延びたからこそ多くの命が助かった」


 戦は続く。だが項羽のように降伏兵を皆殺しにはしない。

 城を攻め落としても、降伏した者は生かす。

 だから人は最後に心から武器を置く。


 それが劉邦。彼は天下を獲る為に特に三人の天才を上手く使いこなした。

 


 張良(ちょうりょう)ーー 千里先を読む軍師。

正面からぶつからず、勝てる戦だけを選べる。


蕭何(しょうか)ーー 補給を担う柱。

兵を飢えさせず、無駄な消耗を防ぐ。


韓信(かんしん)ーー 百万を率い、軍を操る将。戦を、早く終わらせることができる。


「劉邦は腹の中では疑いつつも、彼らの才能を利用して最後には『お前のおかげだ』と花を持たせる」

 

 神は静かに告げた。


「劉邦が優れていたのではない。優れた者を、戦のために使えたのです。もっとも、それこそが一つの才能ですがね。それに比べて項羽は范増という鋭い洞察力を持った唯一、心からの味方を遠ざけてしまった」


 そして神は言う。


「善だけを求めてはいけません。李牧殿が導くのは聖人君子ではないのです」


 李牧は、ゆっくりと頭を垂れた。


「無駄な血を流させぬ者が王になるのが望ましい。私は常にそう願っています」


 光が満ちていく。


「戻ってください。李牧殿。まだ救える命が待っています」


 光が導く。

 李牧の魂が下界へと向かった。






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