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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
サキの滋味
49/51

葱の羹 五

 気がついたとき、最初に見たのは、ヒュンガーーではなく、四位任官の使者グエの顔だった。

「おい、気づいたか」

「ここは?」

「やつらの砦の治療所よ。ヒュンガだろ。すぐ呼んでやっからよ」

 グエはすぐに外に出た。

 と、思ったらすぐに引き返して、

「ヒュンガ、さっきからずーっと、お前のとこにいたんだぜ。なんつうか、青いよな!」

 今度こそ、ヒュンガを呼びに行った。

 わたしは起き上がった。

「うっ」

 右腕を少し切られていて、包帯がしてあった。喉も少し痛い。

 部屋には薬壺や乾いた薬草、それに薬になる虫を入れた壺が並んでいる。

 グエがヒュンガとウィチウィルを連れて帰ってきた。

「ヒュンガ」

「無事だったか」

「少ししくじった」

「それと、ウィチウィル?」

 ウィチウィルは顔の下半分に官軍の軍旗を切ってつくった布を巻いていた。

「統領、戦に夢中になって、仮面をなくしちまったんだ。猿ぐつわ噛んだみたいなしゃべり方になるけど、見つかるまではこれで行くってよ」

「ウムムウムウウ」

「ええ、ええ。統領も、あんたが無事でよかったってよ」

「ありがとう。五位は?」

「ウムウムムウムウムム」

「死んだが、お前が殺ったんじゃないのかって?」

「違う。わたしじゃない」

「どういうことだ?」

 ヒュンガに言わなければいけない。旅の終わりを。

「ヒュンガ……わたし、エンを見た」



 偽ゴドンだけでなく、捕虜にした官軍たちも使って探したのだけど、まだウィチウィルの仮面は見つからない。

「ウムウムウム、ウムム、ウム、ウムムウムウウ」

「へい、へい。部下にたずねたら、恐ろしく身体能力の高い婆さんが北へ、〈尽きの丘〉に走ってくのを見たらしい。こいつはおれの考えだけど、その婆さん、わざと見せたんじゃないか、逃げるところを。だってよ、〈尽きの丘〉への道って、隠れるもんが何にもないんだよ。ホントに逃げてえってんなら、おれたちがどこかに消えるまで隠れて、その後に行ったほうが理にかなってるもんな」

 ヒュンガは革帯の片方を口で噛み、剣の柄にきつく結びなおしている。

「〈尽きの丘〉って?」

「この世の終わりみたいな土地に丘があるんだ。世捨て人とか修行馬鹿とか、仙人になりてえってやつかが行くところだ」


 結果がどうあれ、必ず帰りに寄っていくと言って、ウィチウィルたちとわかれた。

 北へ。

 野生の米に覆われた丘や神話に出てきそうな大岩。

 景色に寂しいところのあるギ州のなかでも特に寂しい土地のようだ。

 そもそも、ここはもうギ州ではないのかもしれない。

 ナ国でもないのかもしれない。


 五日ぶりに人を見た。

 奇妙な動物を連れた商人らしい。

 駄獣らしいのだけど、馬でも牛でもない、背中に肉が山のようにふたつ盛り上がっていて、眠そうな顔をしている。

 その背中に荷物が縛りつけてある。

 商人は頭に布を頭の三倍くらいの大きさに巻いていて、生まれてから一度も髭を剃ったことがないような大きな髭をたくわえていた。

「これはなんていう名前の動物?」

 あいにく、言葉が通じなかった。


 夜。宿屋がポツンとあった。

 言葉の通じない旅人でいっぱいだったけど、店主は言葉が通じた。

「泊まる、いい。ナ国、銀のおカネ、いい。ダモソン、銀のおカネ、わるい。ダモソン、けち、銀のおカネ、だます、混ぜ物、ある。ナ国、おカネ、いい。でも、ナ国、来る。珍しい。老婆くらい。その老婆、強い。コラス三人、一度に倒す」

「コラス?」

「悪いやつ。人、違う。ナの言葉、言うの難しい」

「妖怪みたいなもの?」

「妖怪、違う。コラスはコラス」


 外国での料理を見るのは初めてだ。

 お米が糸みたいに細い。

 このときの料理は大鍋で作った。

 そもそも、この宿屋は部屋がひとつしかない。

 その大部屋で客は寝て、宿屋の主も寝る。

 当然、料理もこの部屋でつくる。

 店主は部屋の真ん中で石を積んで作った竈に大きな鍋をのせる。揚げ焼きするのだろう、油は多い。

 薪で鍋を熱くしながら、羊か馬で作ったらしい腸詰を十個ほど、粗く切って、鍋に入れる。

 このときのじゅうじゅうという音だけで、お腹がひどく空いてくる。

 腸詰をいったん取り出す。

 次に根菜。十個の、芋ともニンジンともわからない、細く厚い皮に覆われたもので、その皮を小さな刀で剥ぎ落して、これも粗く、ただ腸詰よりも小さめに切って、手鍋一杯分の水と一緒に鍋に入れて、蒸し焼きにする。

 火が通ったら、腸詰を鍋に戻し、塩と葉コショウをパラパラとふりかけ、材料が浸るくらいに水を入れつつ、少し煮詰まったら、大きな壺から次々と米を取り出し、鍋に入れる。壺には水が入っていて、米は水に漬け込んでいたようだ。もしかしたら、塩水かもしれない。

 この米が細い。そして、この細い米を先に入れた具を覆い隠すみたいにして入れていく。

 また水を調整し、納得のいく水加減になったら蓋を閉じ、炊く。

 できたのは具入り飯だが、米に粘り気がなく、あっさりさらさらとしている。

 香りはいい。見ていなかっただけで、塩と葉コショウ以外のものが入っている。お米が黄色くなっているから。

 味は濃いけど、こういう土地を旅するなら、濃い味つけで大きな具が入っているのが一番だ。

 ヒュンガはおかわりする勢いで食べている。

 はあ。残念だ。

 根菜の名前がわからないし、水加減のコツもわからないのが残念だ。

 一番は米だ。あのお米はナ国では手に入らない。


 雲が低く厚く流れている。

 宿屋で北へ向かうものはわたしたち以外いなかった。

 道は二度、水をまたいだ。

 痩せた粟の土地に入り、地形をまどわす斜面と窪地がいくつかあって、そのうち土地がまた平坦になった。

 道は小さな丘に続いていた。

 頂に獣の革でつくった天幕があった。細い煙が上がっている。

 馬は丘のふもとで道を上るのを嫌がった。

 枯れた木に手綱を結び、坂を上った。

 天幕をまわり込む。

「あ」

 仮面が落ちていた。ウィチウィルの仮面だ。

「ここにあったのか。道理で見つからないわけだ」

 ヒュンガは仮面を拾った。

「久しぶりだな。ヒュンガ」

 五位の砦で見た老婆がいた。焚火を黙って見つめていて、こちらを見ようとはしなかった。

 あのとき見たときよりも痩せていて、小さく見えた。

 年老いた狼。この世で誰も頼れるものがいないことを知ってしまった誇り高い獣。

 それがこの旅の終わりなのだ。

「師匠も元気そうだ」

「ここに来てから酒をやめたからな」

「そうか」

 エンは燃える炭を木の枝で突いた。

「なぜなんだ」

「何人も殺してきた。ただ、どうしてもひとりだけ、納得のいかない殺しがあった」

「ただひとり、背中を預けられる、そう言っていた男か?」

「ああ」

 エンは枝を脇に置いた。

「死にたいとは思わない。だが、お前が殺したいと思うなら殺されよう」

 ヒュンガはわたしに言った。

「先に丘に降りてくれ。ふたりにしてほしい」

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