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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
サキの滋味
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37/51

こってり脂の糕 四

 トカゲ男が死ぬと、ロモクの暗殺団はあっけなく瓦解した。

 まずい食事とトカゲ男と好々爺の三つの上で微妙な均衡を保っていた訓練はすっかり立ち行かず、好々爺は甘やかすことしか知らずにおろおろし、かといって、団がうまくいっていないことにイライラしているのか、正当な理由なく、わたしたちをぶった(トカゲ男には正しいかどうかは別にして、ぶつ原因があった)。

「なんかさ、あたし、このまま人殺しになってもいいかなって思ったんだ。ちょっとだけど」

 キゴーが言った。最近、目に光が消えかけていたが、いまはもとに戻っている。

「でも、刺客なんて、あたしにはやっぱり無理だね」

 わたしの見立てでは一番見込みがありそうなのはキゴーだった。心を壊すのが前提だけど。

 こうして考えると、座はしっかりしていた。少なくとも教育係がひとり死んだくらいでぐらつくようなものではなかった。

 もう関係のない話だけど。



 ロモクが自分でやってくるという話をきいた。

 ふたりの衛兵は衝立の大きさに慢心して、わたしにもきこえるくらいの声で教えてくれた。

 とっととロモクを始末して、あの幽霊たちと手を切りたいものだ。今でも夜になるとあらわれて、わたしに訴えかける。

 一度、わたしはたずねたことがある。

 なぜ、わたしなのだと。

 赤い衣の女たちはただ立っていて、誰も何もいわない。

 すると、一番後ろにいた一番小さな子がわたしの前まで来て、こう言った。

「食べたい」

 わたしではなく、わたしが作った料理を食べたがっているのだと思いたい。



 案の定だった。

 でっぷりと太ったロモクが籠に乗ってやってくると、わたしはいとも簡単に彼女たちに乗っ取られた。

 衛兵と駕籠かきを斬り倒したところまでは覚えている。

 籠から転がり落ちたロモクへ飛びかかった瞬間、わたしは見たことのない厨にいた。

 灯はあるが、外は何もない、暗いところだった。

 その厨には素晴らしく大きくて、蒸籠を何段重ねても息切れすることのない素晴らしい竈があった。

 調理台にはわたしの綴じ本があった。頁をめくるが、破損も汚れもない。ただ、最後の頁に料理が一品書き足されていた。わたしが書いたものではない。紙面は少しだけ血と泥の固まったもので汚れていた。

「これは……ういろう?」

 もう一度、調理台を見た。そこにはもち米の粉が山とあり、氷砂糖の鉢もある。ただ、白い豚脂が大きな円錐になって皿に盛り上がっていることは意外だった。なんとなくだが、わたしは彼女たちがゴマや栗、炒った木の実を使ったものを所望すると思っていた。でも、彼女たちはがっつりお腹にためるつもりらしい。

「でも、どうせなら砂糖も粉にしてくれればよかったのに」

 擂り粉木で氷砂糖を砕きながら、ちょっとした文句を言ったが、相手が怨霊であることを思い出して、それ以上何か言うのをやめた。

 ふるいがあったので、苦労して砕いた砂糖と苦労していないもち米粉を何度かふるって、ダマをつぶしていく。こうしてできた粉を鉢に入れ、中央に窪みをつくると、そこに綴じ本に加えられた記述に従えば、結構な量の豚脂を落とし、そこに鉄瓶二本分のお湯をかける。

 冷たい豚脂がお湯にとけ、素手でさわっても大丈夫なくらいになったら、あとはこねる。綴じ本には、死ぬ気でこねろ、とある。こっちはまだ生きていて、向こうは死んでいるのだから、いい身分だ。

 死にはしなかったが、死ぬ一歩手前まで行ったくらいの心で生地をこね上げた。

 白い生地は豚脂がたっぷり練り込んであるので、蒸す前から表面がつやつやしている。さぞ食べ甲斐のあるういろうが出来上がるだろう。

 では、仕上げ。四角い蒸籠にぴったりとタネを敷き詰める。そんなものを十段つくった。氷砂糖を砕くあいだに燃やしておいた火の上に、まずは水を張った四角い鍋を、それから蒸籠をどんどん重ねていく(もちろんわたしの背では上まで重ねきれない。彼女たちはこのために階段付きの足場まで作っていた)。

 わたしくらいの熟練になると、蒸す前から仕上がりは予想できる。それでも蒸籠の網代蓋を開けた直後のういろうというのは感情を得てから初めて見た朝日のように輝いて見えるものだ。この世の人間の全てがそのことを知っていれば、わたしとヒュンガは早晩廃業していることだろう。

 線香七本分蒸したので、豚脂入りのういろうは脹らんで、しぼんで、さらに膨らんで平らに滑らかになっていた。

 蒸籠をひとつずつ釜から外して、まだ熱いういろうを真四角に切っていく。白く、つやつやしたういろうは想像通りの出来だ。

 リン、と音がした。

 調理台の横には緑に塗った卓があり、そのそばに小さな窓がある。

 切ったういろうを皿にのせて、卓に置くと、小さな窓からほっそりとした指がするっとあらわれて、ういろうを持っていった。

 五十八人分のういろうを切っておき、余ったういろうは大皿に並べて、分厚い丸太のまな板の上に置いておいた。


 意識がうつつに戻ったとき、ヒュンガが煙玉で逃げ道を作っていた。

 衛士隊が好々爺の腕をねじっていて、扉を次々蹴破っている。

 どうやら、ヒュンガはわざと官軍を——それもまともな官軍を連れてきたようだ。

 来い、と煙の壁から言われ、わたしはヒュンガにぶつかれればいいなと思いながら、煙のなかへ飛び込んだ。

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