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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
サキの滋味
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36/51

こってり脂の糕 三

 ロモクは七位の貴族になるために手持ちの娼婦は処分したけれど、建物は処分しなかった。

 慈善宿屋という名目で残した建物はどう見ても酒楼で、慈善宿泊の対象者はみなわたしと同じ、娼婦候補者だった。

 わたしは名はキゴー、氏族の名乗りはサルウィンという少女と一緒の部屋に閉じ込められた。何の飾りもない部屋だったが、寝台にきちんとしていた。ヒュンガの家にあった寝台に比べれば全然劣るが、それでもわたしは床に藁がばらまかれただけの寝床を想像していたので、これは意外だった。

「そんな寝床で寝てたら、体も筋も強張っちまうだろ?」

 キゴーが言った。わたしと年齢は違わないはずなのに、彼女はまるで前にもこんなふうに売られたことが何度かあるような口調でわたしにいろいろ教えてくれた。

「あたしらはさ、豚とおんなじなんだ。肉が強張ったら、価値が落ちる。豚とあたしらの違い、わかるかい?」

 わたしは黙っていた。わたしがこたえないとわかると、キゴーが続けた。

「つまり、豚は豚自身が豚だけど、あたしらは寝る相手が豚だってこと」

 わたしは泥のなかで寝ていた豚を思い出した。

「あんた、誰に売られたの?」

「愛人」わたしは誰も傷つかない、小さな幸せの嘘をついた。

「あたしは親。あんた、何のために売られた?」

「お酒」

「あたしは店だよ。実の娘よりも店のほうが大事なんだってさ。まあ、しゃあない。娘はまた産めばいいけど、店は母ちゃんの股からひりだせない」



 赤い衣の生き埋め娼婦たちの夢を見た。

 起きているのか眠りが続いているのかわからないうちに、わたしはひっぱたかれて、現世に戻ってきた。

 部屋から出た途端、袋をかぶせられた。キゴーがわめく声がしたが、バシッとぶたれる音がして、静かになった。

 くそっ。

 この後のことはわかる。覚えがある。このまま、わたしたちは、どこか遠い、町から外れた田舎の建物に連れていかれる。命より大事なあの綴じ本を賭けてもいいが、その建物は二重の濠に囲まれていて、岩山の頂にある。そして、わたしたちの教育係は冷血動物と好々爺だ。

 とんでもない勘違いをしていた。

 ロモクはわたしたちを娼婦ではなく、刺客にするつもりだ。

 袋をかぶされてから、どんどん気温が下がっていき、鳥肌が立った。道は上ったり下りたりを繰り返しながら、確実に高い位置へと移動している。

 乱暴に袋を取り外されると、思った通り、訓練所のような中庭に、トカゲみたいな顔をした冷酷そうな男とまんじゅうみたいな好々爺が待っていた。

 キゴーは戸惑っていた。予想外のものに対して、キゴーは弱すぎるようだった。

 わたしとキゴー以外に十六人の少女がいた。みな、部屋の相手と一緒に手を握って身を寄せ合い、震えていた。

 わたしは座の人間がいなければいいがと思いながら、キゴーの手を握り、すすり泣いた。キゴーは姉気質があるらしく、自分よりも弱いものがいると、強がって、わたしの保護者になろうとした。



 座の人間はいなかった。

 これは座とは関係のないところで行われようとしていた。

 ただ、どこかの六位持ちが座の真似事をしていることを座は面白く思わないだろう。

 ただ、ロモクの刺客づくりは宮廷までつながっているのかもしれなかった。

 いま、最大の心配は綴じ本のことだった。まさか、こんなところに連れ去られると思っていなかったから、部屋に置いてきてしまった。捨てられていないといいのだけど。

 ヒュンガについては心配していない。たぶんついてきているだろう。わたしたちは相棒だから。



 ロモクはこの砦にいないようだった。

 五十八人の女たちがわたしを動かそうとしないからだ。

 とりあえず、わたしは自分が刺客であることを隠しながら、暗殺術の訓練をするハメになった。

 体術、短剣、剣術、棒。鋼の線はない。

 この暮らしはなかなかこたえた。

 最適解を知っているのに、それを示せず、その結果、トカゲに殴られるのがイライラした。

 そして、トカゲに殴られると、好々爺が優しくするのはさらにイライラした。

 座のときも、こうやって心を掌握しようとしたが、わたしはされなかった。

 そんなことされなくても、空っぽだったから。

 ただ、暗殺団がみな、このトカゲと好々爺のやり方で刺客を育てているのかもしれないと思うとぞっとした。今度、ヒュンガに会ったら、里にもトカゲと好々爺がいたのかきいてみよう。

 それと、もうひとつ、ぞっとしたことは料理だった。

 粥なのか羹なのかわからない、冷たくてどろっとしたものが椀に入って出てきた。味がまったくしなかった。食べたくないが、食べないと体がもたなかった。

 砦の崖にはきっとイワタケが生えているはずだ。命綱なしでもいいから、獲りにいけたら。

 まずい食事とトカゲの人格否定、好々爺の詐術の繰り返しで、少女たちは徐々に感情が薄れてきた。短剣を扱う手も様になってきている。わたしの立ち位置は十八人のなかで一番の弱虫だ。最近ではトカゲでさえ、わたしに平気で背中を見せるようになった。

 一度は砦の端でしゃがんだことがあった。トカゲはトカゲみたいな顔をしているうちに本当に虫を食べるようになっていて、そのときもしゃがんで、高地コオロギをつまみ上げようとした。

 そばにあるのは乾いて白く崩れかけた木の手すりだけだった。思い切り背中を蹴飛ばせば、トカゲ男は崖を転がり落ち、ふもとまで落ちたころには頭と手足がもげた、薄汚れた泥団子にでもなっていることだろう。

 このトカゲ男にはさんざん出来が悪いとぶたれた。ヒュンガと出会って、わたしは感情を得たのはいいのだけど、その感情によって、以前なら気にもしなかった無礼に我慢ができなくなっていた。

 そこで、わたしは背中を蹴飛ばすのをやめ、尻を蹴り上げることにした。転がりながら、トカゲ男はしばらく声を上げていたが、おそらく頭が外れたのだろう、声は一切きこえなくなった。

 こうしてわたしは一匹の高地コオロギの命を助けた。

 死んでジギ神の前に引きずり出されたら、罪深い人生の小さな善行として、このことを申告しようと思う。

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