こってり脂の糕 二
石碑が三本立っていて、道が左右に分かれている。
どちらも雑草に食いつかれて、細く伸びている。
ヒュンガは左へ進んだ。
「カンロホンから遠いわ」
「だが、リンティジに行ける」
「どうして、リンティジに?」
「お前、見えるだろう?」
「……うん」
「理由はわからない。ただ、その女たちはどうにかしないとずっとお前につき続ける」
「……ありがとう。それにごめんなさい。足を引っ張るようなことになって」
「気にするな。それに、考えてみると、誰かを殺すのは久しぶりだ」
いま、あの山は真東にあり、その頂と尾根に雲がかかっていた。
雨も雷もなかった。風が強く、埃が渦を巻いた。ヒチグのある西方からも黒雲が湧いた。夏に立ち損ねた入道雲が今ごろふくらみ、大きな雨粒がポツポツと柔な土に穴を開けた。
不滅の雨の神々は入道雲のてっぺんで、この雨を本降りにするかしないか考えているようだ。
わたしたちは雨除けの革を背に負った荷物の上から羽織って、頭巾をかぶった。
神々が決断すると、刀を研げるくらいの大雨が降って、革を打つ音が耳から離れなくなった。
水が浸みないよう、念入りに油をすり込んだが、水は遠慮なくしみ込んで、衣を濡らした。冷たくべたつく嫌な感触に体は包まれ、風雨の気まぐれにわたしたちはなぶられた。
次の日の朝、リンティジの町に着いた。あの雨はひと晩じゅう降り、木立のなかの枝葉で空が塞がった下で雨をしのがないといけなかった。
黄色い泥を塗って漆喰代わりにしたらしい家が並んでいて、低い家並みの向こうには酒楼の門の木組みが見える。道はぬかるんでいて、豚が道の真ん中で寝ていた。大きな豚で蒼白い腹の半分を泥に浸しながら、鼻をひくひく動かしていた。
町の中心へと近づくにつれて、建物の丈が高くなり、朝から晩まで店を開けないと稼げないような商いが始まっていった。一方、夜だけしか開かない店では店主は惰眠をむさぼっているようだった。賭場、売春宿、盗賊たちの隠れ家。そういった店屋の前では子どもたちが泥の地面に円を描き、鉛でできた玉を投げる遊びに興じていた。
きこえる言葉に海民なまりが混じるようになった。ここは思ったよりもヒチグに近いようだ。
大きな町、それも分厚い城壁で囲う町では町の長は太守と呼ばれる。リンティジくらいの町では惣官止まりだ。ヒュンガはこの違いがわからないらしい。本当に官位に弱い。
惣官屋敷は濠に囲まれていて、掘り起こした土をそのまま塀のようにして石で外見を整えていた。塀のなかは見えないが、母屋の他にも大きな屋敷を持っているらしかった。そばに茶を飲ませる店があったので、そこで草団子をつまみながら、門を見張った。常に三人の用心棒が門扉のそばに座っていて、そこを武装した男たちが行き来した。出ていった男と入っていく男の姿を覚えて、一日数えてみた結果、だいたい二十七、八人くらいの用心棒がいると見えた。
「祟り女の数は?」
「五十八」
「やつらが自分でやったほうがずっといいはずだがな」
「たぶん、その人たちは埋められる前に犯された」
「そうか」
幽霊になっても、恥と恐怖が拭いきれない。
そう考えると、ロモクは何が何でも仕留めないといけない。
今すぐ立ち上がって、屋敷に斬り込みたい。
ひとつの行にこんなに熱くなっている自分に驚きだけど、ヒュンガが肩に手を置いた。
「落ち着け。二十八人は無暗に斬り込んで何とかなる数じゃない。おれは左腕がないしな」
「どうする?」
「屋敷の見取り図を手に入れて、殺ろう。就寝中に」
誰かに操られている気がする。
おそらく、彼女たちに。
わたしの体を借りて、復讐を遂げる。
ただ、彼女たちは刺客ではない。
人の殺し方をきちんと知っていない。
だから、剣を抜いて、無謀に斬り込ませようとする。
こんなことを許すと、わたしまで生き埋めになる。
そんなことは彼女たちにとって、どうでもいいのだろう。ロモクさえ殺せれば。
感情の掌握が肝心だ。息の仕方。念の練り方。その他のやり方で、山ひとつ祟る霊魂に対抗するのだ。
ヒュンガはお酒を飲むけど、少ししか飲まない。
飲み過ぎることは決してない。
ただ、標的のなかにはなかなか油断しない固いものがいる。
そんな標的の前でなら、ヒュンガは大酒を飲む。
泥酔ほど、標的を油断させるものはない。
ただヒュンガは酔うが、太刀筋は狂わない。そういう絶妙な加減で飲むことができるらしい。
ロモクへ近づく一番いい手は彼女たちが教えてくれた。
つまり、女衒に買われるのだ。
六位になったロモクはまた売春を始めようとしている。
しかし、町の人間は彼女たちがどうなったかわかるから、これに応じない。
でも、よそものが連れている少女ならどうだろう?
しかも、そのよそものが腕が一本しかなく、薄汚れて、居酒屋では座ったまま動かず、お酒や料理を取りに行かせるのを少女にやらせて、しかも気に入らないことがあると舌打ちをするような男なら。
「おい、兄さん」
早速やってきた。見た目は優男で、派手過ぎない緑の衣をまとっていて、
「その娘、妹か何かか?」
「こいつは奴婢だ」
「でも、本当は妹なんだろ?」
「それがなんだ?」
「別にあんたに徳だのなんだの七面倒なこと言うつもりはねえんだ。でも、なかなかべっぴんじゃねえか、あんたの妹」
「まだ、十五だ」
「いやいや、磨けば相当なタマになるぜ」
「お前、何なんだ? 酒ならやらないぞ」
「違う、違う。むしろ、おれはあんたの酒代を出そうってんだよ。こう言っちゃなんだが、片腕じゃあ、ろくな仕事につけないよな」
「だから、なんだ?」
「あんたの妹だってさ。こんなふうにこき使われちゃ、せっかくの美貌が無駄になるぜ? だからさ、おれたちがあんたの妹さんを買おうってわけよ」
「いくらだ?」
「銀で二十角」
ヒュンガはわたしの背中を乱暴に押して、女衒のほうへと追いやった。
かなり乱暴に押されたので、本当に蔑まれているのかと思ったくらいだった。
「金」
手を差し出したヒュンガに、女衒はニ十角の銀を足元の土床に投げた。
ヒュンガはかがんでそれを拾った。
これでこの女衒はヒュンガを人間のクズだと思ったことだろう。
クズに自分たちの統領を殺せるはずはないと思ってくれれば、こちらもやりやすい。




