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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
サキの滋味
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31/51

船大工の焼き魚 二

「おれたちは幽霊を追っている」

「兵隊の幽霊だ」

「ゴドンの乱で死んだ連中だ」

「そいつらは戦が終わったことを知らない」

「自分が死んだことも知らない」

「だから、成仏するように説得するんだ」

 騎兵たちはわたしたちを囲んで、あちこち旅をする理由を教えた。

 自分たちのしていることがしんどいと思っている人がよくするように。

 話して肩の荷が降りる気がするのだろうけど、それは錯覚に過ぎない。明日の朝になれば、またのしかかる。

 そして、騎兵たちはそんなことは百も承知だった。



「今日の飯は『船大工の焼き魚』だ」

 髭の頭が言った。

「ほら、見てみろ」

 金づちを持った炊事兵たちが火に向けて立てた盾に、腹から開いて頭と尾を切り落とした魚を釘で打ちつけていた。

「今日はいいニシンダマシが大漁だったんでな」

 ニシンダマシ。

 川や湖に棲むニシンをそういう。

 これがわたしには不思議だ。

 川に棲むニシンダマシは海に棲むニシンよりも大きく、厚く、脂がのっている。

 海に棲むニシンがニシンダマシと呼ばれ、川に棲むニシンダマシこそニシンと呼ばれるのがいい気がするのだけど、なぜか、おいしくて大きいほうが騙していることになるらしい。

 それにしても、奇妙な調理法だ。

 これまでわたしが見たことのあるニシンダマシは蒸してから切った葱と餡をかけるか、そのまま火にかけるかだ。こんなふうに板に釘付けして熱で炙るように焼くのは初めて見た。

「これが一番うまい魚の焼き方なんだ」髭の頭が誇らしげに言う。「普通に火であぶると脂が滴って落ちる。だが、こうやって板で炙れば、脂が旨味をたっぷり残したまま、じんわり表面に浮いて、その脂が魚をじっくり焼くんだ。ただ、この調理法にはひとつ重大な欠点がある」

「なに?」

「うますぎてうますぎて普通の焼き魚が食べられなくなる」

 炊事兵は長くいると火傷しそうな火のそばへ素早く近づいて、薪を放り込む。

 ニシンダマシの表面で脂がパチパチと身を赤く焼き上げていた。それは半分揚げているようなものだった。

 騎兵たちは箸と平たい皿を手にし、酒の入った革袋を肩にかけて待っていた。

 炊事兵が髭の頭に何か言い、それをきいた髭の頭がうなずき返した。そして、大きな声で言った。

「よし、板を引っぱり出せ!」

 騎兵たちは盾を後ろに引っぱった。そして、まだパチパチと脂が弾けているニシンダマシを釘から外して皿に落とすと、箸で身を裂き、口に運んだ。

「お前さんらも食うといい。本当にうまいから」

 わたしとヒュンガは引き戻された盾の前に立った。焚火の明かりで橙に輝くニシンダマシの身。わたしは皿を魚の下に添えると、まず尾の根元に打たれた一本の釘のそばの身を裂いた。小さく裂いただけなのに透明な、熱い脂がしたたった。脂が焦げた木面に吸われるのがもったいなかった。次に上の二本、カマのそばに打たれた釘のそばの肉を裂いた。すると、大きなニシンダマシの身が皿に落ちた。

「はい、ヒュンガ」

「すまない」

 ヒュンガの分をとって、自分のニシンダマシを釘から外す。

 盾がいい木材なのだろう。燻製みたいな香りがした。

 箸で身をつまんで、口にした。

 髭の頭が『船大工の焼き魚』について言ったことには少しの嘘も誇張もなかった。


 翌日、わたしたちは盾を積んだ荷車に乗せてもらい、ススキの原が尽きるところまで騎兵隊と一緒に移動した。

「わしらはススキを出ることができん。探さないといかんからな。ターメ州に行くなら、この道を二刻歩くと、道が三つに分かれている。北西の道をいけば、州境に行ける。じゃあ、達者でな」

「礼を言う。そっちもな」

 わたしとヒュンガは道を歩いた。広い谷に入った。白く流れる川があった。緩い雲が山頂にかかって、冷たい影から風が降りてくる。

 川沿いに塀で囲った村がいくつかあった。三又の道はまだ来ない。

 村のひとつから官軍の騎兵が三十騎、門を後にして、道へ降りてきた。

 官軍の旗をかかげているが、官軍の殺気は見えない。

 頭らしい大柄の男がわたしたちを見て、馬を止めた。

「お前たち、ススキの原から来たのか?」

「ああ」ヒュンガがこたえた。

「そこでおれに似た顔の男が率いる騎兵を見なかったか?」

 わたしとヒュンガはその頭の顔をじっと見つめた。髭がなく、髪も刈っているが、頭のなかでその顔を髭で覆うと、昨夜の騎兵頭とそっくりだった。

 そのことをわたしが言うと、そっくりの頭は哀し気な目をした。

「そうか。まだ自分たちが死んでいることに気づいていないんだな」

「どういうこと?」

 わたしがたずねると、

「その騎兵頭はおれの兄貴だ。ゴドンの乱で死んだんだが、たぶん向こうはおれたちのほうが死んだと思っている。そうか。まだ、あのススキにいるのか」

 騎兵は吹き楽器を鳴らして、わたしたちが来た道へと走っていった。

「こんなこともあるんだな」ヒュンガが言った。

 わたしは綴じ本を取り出した。

 そこには確かに『船大工の焼き魚』について、作り方が書いてあった。

 あの素晴らしいニシンダマシの味の記憶も本物だ。

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