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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
ヒュンガの清趣
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19/51

棺教徒 二

 傭兵のひとりは棺教徒だった。

 背負った棺に生活に必要なものを入れて、流浪する。死を常に身近に思うことで、神だか精霊だかに近づけると信じる手合いだ。

 たいていの棺教徒は子ども用の棺を背負って暮らすが、この男は本物の棺、自分が丸ごと、足を伸ばして収められる棺を背負っていた。

 この護衛行での難所はマキタイ峠を越えるところだが、その前後でも山賊は仕掛けてくるかもしれない。平地なら馬賊の襲撃もある。

 ルサムが運ぶのはラバに曳かせる荷車五台分の香辛料だった。まともに街道を使うと、三十角も国にまき上げられるといい、峠道を選んだ。今回はもう山賊に金を払っていなかった。

 森に食いつくされた古い道で、水が流れる音がした。いくら歩いても、見通しの利く場所は来なかった。そのうち、ルサムが休憩を取るといい、輸送隊は途方もなく大きな岩のそばで止まった。

 ラバたちは勝手に草を食べ、剣客のなかにはキセルを吹かし始めるものもいた。棺教徒は背中から棺を下ろし、蓋の上に横になっていた。

 サキは不注意な賊が小枝を踏み折る音がしないか、耳を澄ましていた。

 例の美人局に引っかかった男が持ち込んだ仕事は、その日の夜に片づけられた。次の日には、リンイに鳥を預け、おれと一緒に駅所にいた。サキは他の護衛たちから、胡散臭い目で見られていた。本当に戦えるのかを疑う目だ。実際に戦ったのを見た後には、どこでそんな武術を習ったのかを疑われるだろう。

 例外は棺教徒だった。温和な顔をしていて背が高かった。その分、棺も大きかった。腰を曲げずに背負うため、棺を横にして木綿の帯で体に結びつけていた。狭い道や草むらでつかえるように思えた。

「不思議ですね」そいつは言った。「あなたたちを見ていると、心が安らぐのです」

「おれたちが棺に見えるか?」

「いえ」

 棺教徒はまた棺の蓋の上に横になり、目を閉じた。



 香辛料の甕は二重底になっていて、そこに五十角金貨が敷き詰めてあった。土地や官位を買うときに使う硬貨だ。

 ルサムは仕掛け底を甕に戻した。おれたち以外はみな眠っている。誰も見ていないことは確認して、ルサムは今回の抜け荷の本当の商品を見せた。

「なぜ、おれに見せる?」

「お前はカネに執着がない。いまどき、殺しを五十角で引き受けるやつはいない。お前くらいの手練れならなおさらだ」

 おれは秘密を教えられるのが嫌いだ。

 誰かがおれを相手に未解決の殺しの話をし、そいつが捕まれば、そいつは間違いなく、おれが密告したと思うだろう。

 人を言い負かすことと誰かに秘密を話すことが同じくらい危険なものだと知っている人間が少ない。この世の殺し合いのほとんどはこのふたつから起こっている。

「なあ、ヒュンガ。山賊ども、このことに気づいてると思うか?」

「ああ」自信があるわけではないが、そうこたえておいたほうがいい。警戒にし過ぎるということはない。

「お前を連れてきてよかったよ。それはそうと、お前が連れてる、あの子、きっと強いんだろうな」

「それが?」

「傭兵のなかに馬鹿にしてるやつがいる」

「あいつは気にしない」

「いや、本人から言われたんだ。実力を示す機会をくれって」

 おれが知る限り、サキはそんなことをする人間じゃない。

 おれの心を読んだみたいにルサムも腕を組んで困った顔をした。

「そういう子には見えなかったからさ、ほら、誰かに思い知らせることをしたがるような子には見えなかったってことだ。まあ、もしかしたら、お前に見てもらいたいのかもしれない」

「どうして?」

「さあな。とりあえず、峠を越えるより前にひと勝負させておいてくれ。あたしをなめるなよ、ってぶん殴って痛めつけるのはいいけど、手足は折らないでくれって言っておいてくれ」

「どうしておれが」

「おれが言うより、お前が言ったほうがきくだろうから。この話をして、最初にきいてきたのが、殺してもいいか?だったんだぞ」

「……わかった。おれからも言っておこう」



 次の日、日が昇るより先に出発した。

 薄闇のなかを木綿を厚く巻いた車輪が音もなく、まわる。

 ルサムは慣れている。車輪をガラガラと大きく鳴らして、賊に居場所を教えることも愚かなら、おれたちが気配を探れないほどの音を鳴らすことの愚もわかっている。

 日が昇ってから半刻ほどすると、輸送隊が停まった。

 旅の道のりはそれなりに稼げたので、朝餉となった。

 ルサムが雇った炊事人が火と大きな鍋を組み、二十人分のアナグマ粥をつくった。

 傭兵たちは五人くらいでまとまって食事をするものもいれば、ひとりで食事をするものもいた。

 おれとサキのところには棺教徒がいた。

 どうして、おれたちに近づくとたずねると、棺教徒は死がとても身近に感じられるからとこたえた。

 刺客であることが他の傭兵に知られると厄介なので、これ以上は何も言わず、放っておいた。

 傭兵のひとりが、サキの手から粥の入った椀を蹴飛ばした。

 おれは相手を見た。名はアコツダ、氏族の名乗りは忘れた。頬骨が角ばった、騎馬民族の血が入っているらしい大男で胸が桶でも入っているみたいに厚かった。

 この男はいつも四人で一緒に動いていて、このときも四人で車座を組んでいた。おれたちの視界に入らないよう歩いていたが、椀を置いて立ち上がったときから、こちらは気づいていた。

「こいつ、お前の娘か?」

 おれより数歳上らしい棺教徒がまずきかれた。

「いえ。違います」

 ペッと唾を吐くと、今度はおれにきいた。おれは首をふった。娘ではない。

 アコツダを見た。棒を手にしている。両端に鋼をかぶせていて、これで払って顔にぶつかれば、鋼の形に顔がへこむ。

「おい、メスガキ。お前のとーちゃんはどこに行ったんだよ?」

 サキはそれを無視して、飛んでいった椀を手に取り、鍋から残り少ない泡立つ粥をかき集めて、椀に入れた。

「おい。きいてんだよ。なんで、お前はおれたちに混じって、報酬を」

 ぶくぶく泡立つ粥がアコツダの顔に飛んだ。

 そこからはあっという間だった。股に正拳突き。膝蹴りが火傷した鼻を潰した。おれはルサムから、手足を折るなとは言われたが、鼻の骨を折ってはいけないとは言われなかった。

 おれは剣を抜いた。アコツダの連れの三人がサキにかかろうとしたからだ。

「お前らには関係ない。座ってろ」

 棺教徒も抜刀していた。こちらの側だ。

 アコツダは鼻からだらだらと血を流しながら、仲間のほうへ戻っていった。

 サキをからかいの目で見るやつはいなくなった。


 棺教徒が小さな荷物袋から握り飯を取り出した。それをサキに渡した。

「ちゃんと朝餉が取れませんでしたからね。まだまだ道は長いです」

 サキはおれを見た。

 おれがうなずくまで、サキは米粒ひとつ口にしようとしなかった。

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