まさかオイゲン? いや、彼がぼくに黙って告げるはずはない
まさかオイゲン? いや、彼がぼくに黙って告げるはずはない。それに、新学期が始まってからは、シャルに一度も会ってないって――。
「ヤンから聞いた。飛び級で編入してきたあの子が知ってて、去年まで君と一緒にいた僕が知らない。こんなこっけいな話ってある?」
ぼくは、すがる思いで言葉を続けた。
「ごめんよ、シャル。言おうと思ってたんだ。その……学期が明けてからにでも」
「で? ふたを開けてみたら、その相手は落第してました。おかげで、言う機会は訪れませんでしたって? まやかしの友情には、ぴったりの幕切れだな」
彼は不慣れなドイツ語で、精一杯の皮肉をまくしたてた。
でも、責められてるほうがよっぽどましだ。
どうしてヤンが知っていたのか、理由を問いただされるよりは、ずっと。
「結局、僕には打ち明ける価値がないってことだろう」
「違う、シャル。それは違う。聞いてくれ。父との約束だったんだ。15歳になったら神学校へ移るという条件で、ぼくはフリードハイムに入学した」
「だからさ、そうゆうこともふくめて、エーベルはなにひとつ話してくれなかったんじゃないか。それで親友だなんて笑わせるよ」
「シャル!」
彼はきびすを返すと、駆け足で去っていった。離れてゆく背中には、ためらいの跡もない。それを認めて初めて、心が黒い声を発した。
オマエハ莫迦ナコトヲシタ――
とっさの思いつきだった。今朝、散らばった道具をひろい集めていたとき。
もし、シャルの持ち物に、ぼくの持ち物が紛れていたら?
きっと彼は届けに来てくれる。ぼくに会いに来てくれる。そんな自信と確信があって……だからぼくは、わざと自分のノートをシャルの物に紛れこませたんだ。
神学校の件を、どうにかして打ち明ける機会が欲しかった。
でも、それなら何故、みずからシャルを訪ねなかった? きっかけなんて、いくらでも作りだせたはず。シャルに避けられてると思うことで自分の消極さを正当化したかっただけじゃないのか。
さらには彼を試すことまでして、どうして親友だなんて口にできよう。
自力で立つこともままならなくなり、傍の糸杉に身をあずけた。仰ぎ見る虚空は遙かまで鈍色をひろげ、朝よりも一層、息苦しい。まるで心象風景だ。
特別あつかいを嫌うぼくが特別あつかいを望むだなんて、ありえないと思ってた――きみに会うまでは。
だけど、この感情に惑いはない。後ろめたさもない。不思議なくらい澄明なのに、せき止められない奔流。こんなものを抱いて、神学校へ行こうとしてるんだ。こっけいなのは、ぼくだろう。そのうえで、なおも祈りを重ねるんだよ。
きみとの空間は神とのそれよりも、ずっとずっと深遠で清廉だと。
そうあらねばならないと―――。
ああ、見上げるばかりの糸杉よ、
わたしの方にかがんでおくれ。
胸の秘密をお前に打ち明けて
私は永久に黙っていたい。
※高橋健二氏訳 ゲーテ『ゲーテ詩集』(新潮文庫)
了




