寮棟の入口を出て、まず行きあたるのが、学び舎と寄宿舎をへだてる中庭だ
寮棟の入口を出て、まず行きあたるのが、学び舎と寄宿舎をへだてる中庭だ。
石造りの噴水を中心にすえ、それを見下ろすように2本の菩提樹が植えられている。今はすっかり落葉し、鎮静をたたえるだけの大木に、ぼくは急いでいることも忘れて歩みよった。
シャルは憶えているだろうか、ぼくたちが出会った日のことを。この菩提樹が、その年初めて花をつけた初夏だった。
昼休みに木陰で本を読んでたぼくのうえに、前ぶれもなく、きみが降ってきたんだ。不可抗力だと言わんばかりのあの表情、ぼくは今でも鮮やかに描ける。
以来きみは、ぼくにとっての夏であり、陽射しだった。
きみの無鉄砲さは光の散乱。事象の裏に隠された色や、あるはずのない色までも眼前に拡げてみせてくれたんだ。自分がこれまで見過ごしてきた物の、なんと多かったことだろう。でもそれは、ぼくが相手だからというんじゃない。
きみは誰に対しても、つくろうことなく――。
そのときだった。思いがけない声がしたのは。
「あ! 地図帳忘れた」
「取りにもどってる時間はないですよ。僕のを一緒に使いましょう」
振り向いたとたん、噴水の陰から飛びだしてきた人物とぶつかった。
「うわっ」
たがいの持ち物が、芝生の上に散らばる。
目の前にいるぼくを見て、シャルは心底、驚いたふうだった。
「エーベル?! なんだって、こんなところに」
「シャロン先輩、大丈夫ですか」
同時に声をあげるふたりの少年を前に、ぼくは、つとめて動揺をかくした。
「久し振り……相変わらず元気いっぱいだね。怪我はない?」
喉を傷めているみたいに、声がうまく出なかった。
よそよそしく聞こえてしまっただろうか。本当は抱きつきたいほどなのに――。
そんな衝動をおさえながら、ぼくは膝をついて筆記具やノートをひろい始めた。
シャルは無言のまま動かなかった。代わりに後ろにいた小柄な少年が歩みでて、ぼくの手からシャルの持ち物を受けとった。
「ありがとうございます、クラウヴェル先輩」
「ヤン……知ってるのか?」
シャルが目をみはりながら、かたわらの少年に問う。
少年は、答えてよいものか考えあぐねているようだった。
ぼくは上級生の態度をまとって、言葉を継いだ。
「のんびりしてる暇はないよ。すぐにミサが始まる。さぁ」
ヤンと呼ばれた少年は安堵の色を浮かべてぼくに一揖すると「行きましょう」とシャルをうながした。
ふたりは、そのまま礼拝堂へと駆けていった。
鉛色の曇天を刺すようにしてそびえる尖塔から、ミサの始まりを告げる鐘声が響き渡ってきた。




