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神の園辺  作者: 夏生由貴
Ⅰ秋~シャロン・デ・カディネット
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僕は頬杖をつきながら、座る姿勢までもが折り目正しい


 僕は頬杖をつきながら、座る姿勢までもが折り目正しい、ヤン=インクヴァー・アルベルツを見やった。

 アーチ形の窓から射しこむ午后の穏やかな陽光が、あどけなさの残る横顔に紗を添えている。眼差しは(くう)をすべり、ノートと黒板を行き来している。

 その対角線はぶれることがない――今の僕のように。



「祭壇のマリア像より、君のほうがよっぽど綺麗だよ」

 と耳元でささやいたら、どんな顔をするだろう。澄まし気味の硬質な輪郭を少しでも狼狽させることができたら、さぞ快感だろうな。

 と同時に、さきほど聞こえてきた単語の意味に思いあたった。



 礼拝堂の祭壇のかたわらには聖歌隊のための小さな空間が設けられている。

 その壁面に留められたレリーフの詩が『Pansmusik』だったんだ。

 つぶやいた少年の脳裏には、ヤン=インクヴァーの朗読から、聖歌隊の姿がふと浮かんだんだろう。

 僕はといえば、詩の題材である【牧人の神】に心を囚われていたけれど。



 Panか……むしろ綺麗さの逆をついて牧神になぞらえるってのも、アリかもしれない。近づくきっかけさえつかめれば――。

 からかいのネタを夢中であれこれ考えてると、いきなり名前を呼ばれた。

 今度は仕方なしに「Ja」と応えながら、起立する。

 音読は一番の不得手だった。僕の発音のひどさには神様も耳をおおって逃げだすに違いない。そのうえ、ヤン=インクヴァーのあとだなんて、完全なる笑い者じゃないか。教授の故意の仕打ちに、腹が立ってしかたなかった。

 


 でも、それ以上に忌々しいのはラテン語だ。ドイツ語も流暢に話せないってのにこんな前々世紀の遺物が、なんの役に立つ――って、役に立つ……?

 そうか、これを近づく口実にすればいいんだ!

 僕はいつにも増して、めちゃくちゃな発音を披露してやった。

 教授の眉間には案の定、苦悶のしわが刻まれている。

 ふん、いい気味だ。鬱憤が少しは晴れた気がした。



 惜しむらくは、この位置からではヤン=インクヴァーの反応が、まったくわからないことだ。

 でも、教授のそれと大して変りないだろう。今まで耳にしてきた中で一番こっけいで、一番悲惨なラテン語のはず。

 この授業が終わったらすぐにでも彼の許へ行って、聡明な手ほどきを請うことにしよう、そう僕は決めたのだった。

                                   了

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