教授は挨拶もせず、いきなり出席を取り始めた。
教授は挨拶もせず、いきなり出席を取り始めた。どうにも嫌な予感がする。
「シャロン・デ・カディネット――ふむ……前学期にも同じ名前の生徒がいたな。姓まで一緒とは珍しい。顔まで似てるいのかもしれん。ちょっと手を上げてみてくれんかね」
僕は目をむいた。なんてヤツ……信じられない!
黙って手を上げるほど殊勝じゃない僕は、わざと椅子を鳴らし、立ちあがってやった。
「おや、君だったとは。今年も私の授業を受けたくて、わざわざ居残ったのかね」
僕は教授の嫌味にも眉ひとつ動かさず、濁りない秋の碧空で少しでも気分をそそごうと、窓の外だけを見つめていた。
教授の鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
「まったく、たいした態度だな。踏ん張りどころの年になるんだから、気を抜くんじゃないぞ。皆もいいか、私の授業は甘くない。心して、のぞむように」
僕は唇をかみながら腰をおろした。恥ずかしさよりも、悔しさが先立った。
こんなやつが教鞭を執ってるなんて、納得いかない。といって、反抗心からまたラテン語を落とせば、来年は中等実技学校へ行くはめになる。
くっそ、おもしろくないったら!
そのとき、僕の右斜め前方にいた生徒が、立ちあがった。
とうに授業は進んでいたのだ。憤りのせいで教授の声が入っていなかった。
このとき初めて、指名されたのが例のヤン=インクヴァー・アルベルツであることに気づいたんだ。
教科書は手にしているものの、ページは見ていない。
顔をまっすぐ上げ、視線は黒板にすえて――どういうつもりだ?
その姿勢のまま彼は、おそらくは教授が示したであろう詩の一篇を最後まで教科書に目を落とすことなく、諳んじてみせたのだった。
2分にも満たないそのあいだ、室内はミサの最中のような神聖な雰囲気に包まれた。変声期前のよく徹る澄んだ声色は少年合唱団のトレブル(※)のようだったし、そうした音に乗せられた古典語は、詩というよりもグレゴリオ聖歌のモノフォニーを思わせた。
「Pansmusik……」
誰かが、そうつぶやいた。
特待生による、抑揚を効かせた、なめらかで見事な朗読が終わると、教授は至極感心といったふうに「素晴らしい!」と大仰に叫んで、座るよう指示をした。
いやはや、こいつは……発音だけなら、エーベルよりも上じゃないか?
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※ トレブル…語り手はイギリス人なのでイギリス英語を使用。
アメリカ英語でボーイ・ソプラノのこと




