**
40分後。おれとシャルは、ローカル線を降りてしばらく歩いた先にある、糸杉にかこまれた白い建物の前に立っていた。郊外だけあって、ギムナジウム界隈に比べると空気は格段に澄みとおり、鮮度を増した空の碧さは、まばゆい日差しをうけた樹々の濃緑によく映えた。
シャルは唖然とした面持ちで、鉄格子の奥の建物を見つめていた。
「……ここは」
「だから、神学校」
「バカにするなよ。僕だって学校と療養所の区別くらい、つく」
そう気色ばむシャルにこれ以上の戯言は賢明じゃないと踏んだおれは、口の端をゆがめてこう言った。
「でも……神様の御許に近いって意味では、似たようなもんだろ」
自分の声かと疑うほどに重い冷たさをはらんだ語気は、シャルに緊迫した状況を伝えるには充分だった。
おれはシャルの腕をつかんで敷地に入るなり、足を速めて一気に続けた。
「正確にはサナトリウムじゃなくてホスピス。おれ以外で知ってるのは学校の先生だけだ。クラスメイトはみんな、神学校へ編入したと思ってる。エーベルがどうしても嫌がったんだよ、病人あつかいされるのをね」
シャルは聞いてるのかと怪しむほどの無反応で、おれに引っ張られるがまま脚だけを動かしていた。
まだエーベルがシャルと出会う前、病状がここまで亢進してなかったときに、つめ寄ったことがある。
『入院が早ければ早いほど、そのぶん長生きできるのに。どうして、もっと自分を大切にしないんだ!』
『逆だよ、オイゲン。ここでの生活が、なによりの癒しになってるんだ。フリードハイムを出て、きみと離れて過ごすなんて、ぼくには考えられない』
『でも――』
『そんな顔しないで、オイゲン。大丈夫だから。一緒に卒業しよう……ね?』
心臓を押しつぶされた気がした。卒業が叶わぬ夢であることは火を見るより明らかだ。それを誰よりもわかっているのはエーベルなのに――!
彼は『少し疲れた』とつぶやくと、おれの右肩に頭をのせ、体重をあずけてきた。そのまましばらく動かなかった。
ありがたかった。この瞬間に顔を見られるのは、たまらない。おれはハンカチを持ち歩かない主義だから。ぬぐうものが何もない。トイレではいつも制服で手をふいた。そのたびにエーベルに小言をくらい、そのたびにおれは反発した。
今、右肩が受けているのは彼の命の重みだ。この瞬間、確かに息づく尊い生命。
おれはそれを預かると、あの日決めたんじゃなかったのか。
孤独と絶望をともに背負い、まわりに事実をふせることで得られるエーベルの安らぎを、そばで静かに守りぬくと。
エーベルに残酷すぎる科白を言わせた自分の愚かさを激しく呪った。止まらない後悔の滴を、あわててぬぐう。制服の袖で思いきり。
でも。
この日だけは、エーベルからの小言はなかった。




