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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが軽やかに舞いましょう
46/60

◯浮かぶか、浮かばないか。

 アネモネは少しばかり身長が足りません。何をするにしても、人のために作られた環境の中では不便を感じることが多く、踏み台を使わなければならないのです。ですが、実は彼女は踏み台を使わなくても自力でふわりと浮かび上がることができるのです。そうすれば人と同じ目線で喋ることもできますし、彼女が嫌いな背の高い本棚の上に手を伸ばすことだってできるのです。ですがいつからか、彼女は浮かぶことをやめました。

 喫茶店のオーナーさんは小さな常連さんに対して、その疑問をぶつけてみました。なんせオーナーさん――カフェアリーヌは、彼女と初対面のとき、浮かび上がる彼女とお喋りをしたのですから。本来なら不要のはずの踏み台を店に置いているアネモネを、不思議そうに見守っていたのです。アネモネは尋ねられたことに困ったような顔をして、それでも口元にこぶしを当ててじっと考えました。

「うーん。変だから、かしら」

 一言そう返事をしました。

「普通がいいの」

 さらにそう付け足しました。カフェアリーヌはわかるようなわからないような、けれど上手く解釈しようと、相槌を打ちます。

「普通ね……」

「あっ、違うわ! ここで普通なんて言葉使っちゃいけないわよね。それに、妖精さんだったらふわふわ浮かんでいるのが常だわ。だからそういうお話じゃないの」

 喫茶店の中、カウンター席によじ登って身を乗り出す彼女は、カウンターの中で紅茶を準備しているカフェアリーヌに向かって、とびきりの笑顔でこう言いました。

「私! カフェアリーヌやロアと一緒がいいの!」

 一瞬、カフェアリーヌは真顔でそのセリフを受け止めました。ただ直後、「ちょっと、じーんときちゃうわね」と目元をぎゅっと押さえる素振りを見せました。アネモネは続けます。

「お揃いって嬉しいものよね。妖精さんとお揃いが嫌なわけじゃないけど、どうせならいつも一緒にいてくれるカフェアリーヌやロアたちとお揃いがいいわ」

 カフェアリーヌは目を潤ませるまではいかないものの、心にくるものがあったようです。思わず言葉にならないままアネモネを見つめていました。アネモネはそれに気づかないままのようです。

「だから必要なとき以外は浮かばないの。踏み台を使えばいいんだもの。お揃いが嬉しいのは、一緒にいてくれることを許してもらえたような気持ちと似ているからかもしれない」

 ここまで言ってから、アネモネは慌てて聞き返します。

「私はカフェアリーヌのそばにいたいけれど、カフェアリーヌはどうかしら?」

「あら、勿論よ。素敵な時間を過ごさせてもらっているもの。この時間が続けばいいなって思ってるわ」

「本当? 嬉しい!」

 カフェアリーヌは紅茶を蒸らすためのティーコジーをポットに被せてから、手を組んでカウンターに肘を付きます。アネモネの目をしっかりと見つめて言います。

「でもこの時間が続くことはないわ。何物も絶えず変化するもの。私も、アネモネちゃんも。そうじゃなきゃ、アネモネちゃんは観光案内所をずっと開けないことになっちゃうわ」

「それは、たしかに……」

 その矛盾にアネモネは悩みます。ずっと続いてほしい毎日と、いつか叶えたい夢。両立はできないのです。ですがカフェアリーヌはそれを杞憂(きゆう)だと言うように、ふっと笑みました。アネモネも見慣れた、安心感のある微笑みでした。

「大丈夫よ。素敵な今が続いた先に、素敵な未来があるんだわ。だから、未来のための今があることを忘れずにね」

「未来のための今?」

「ええ」

 今がなければ、未来もありません。そのことを教わったアネモネは、カフェアリーヌがポットに被せたティーコジーをじっと見つめます。ポットを守るように被さったそのカバーは、今はそこにあるけれど、蒸らしの時間が終われば外されてしまいます。でも、それは美味しい紅茶を作るために、そしてそれを楽しむために必要なもの。アネモネ自身の今と未来を重ねて見ていました。今があるから未来がある。それを感じ取っていました。

「うん、そうよね。ええ、忘れたりなんかしないわ!」

 アネモネの笑顔はいつもどおり、華やかで明るいものでした。

「何気なくてささやかすぎることでも、アネモネちゃんはひとつひとつを確かめるように拾って大切そうに握っている。私が忘れかけていることを思い出させてくれる。そんな日々って、とても愛おしいもの」


***


「ところで、今日のアネモネちゃんはいつもの暇つぶし?」

 カフェアリーヌは問いかけつつ、紅茶のポットからティーコジーを外して、ティーセットを丸テーブルの上に広げます。互いに向き合うようにして座った二人は他愛もない会話を始めました。

「そうなのだけど、私もカフェアリーヌに聞きたいことがあって」

 それは、今いるこのお店の『支店』で働くアネモネにとって、めったに見れないものの一つについてでした。

「うちのマスターがこの店に来るときって、キラキラした石が沢山の青いブローチ、つけてるでしょう。青いマントに映える物。むかし仕立て屋さんに貰ったって言ってたわ。小さな光でも吸い込んで光る、とってもキレイなものなの。カフェアリーヌは何か持っているかしら? 見せて貰えるかしら?」

「なるほどね、あの子のつけてるブローチはたしかに、綺麗よね。小さいけど、その分間近で見てると印象的だわ」

 マスターがシテンの姿をとっているときの青い姿は、今のアネモネには滅多に見れないものでした。ですがその鮮明な青は彼女の中でも印象深く、特にブローチが反射する光には忘れがたいものがあるようでした。

 一方のカフェアリーヌにとってそのブローチは、常連客だった彼が常に身につけていたもの。違う理由で忘れがたいものでした。ただ、アネモネの興味関心であるカフェアリーヌのコレクションという意味では、ブローチはどうだろう、とアネモネはカフェアリーヌに問いかけます。

「私はブローチはあんまり……特に理由はないんだけどね。それでもアクセサリーなら、忘れちゃいけないものがあるでしょう?」

「忘れちゃいけないもの?」

 カフェアリーヌは自分の首元を指さしました。その仕草で示す意味は、アネモネにもすぐにわかりました。

「チョーカー!」

 そう、カフェアリーヌはいつも首元にぴったりとしたチョーカーを着けているのです。毎日欠かさず着けているそれのことはアネモネもよく知っていました。そして、このお店の名前はcafe choker――とても大事なものだというのは、その事実からも伝わってくるのです。

 カフェアリーヌは自分が普段から身につけているコレクションの一部を棚の引き出しから取り出し、アネモネに見せてくれました。そのうちひとつを手に取り、アネモネの首にかざしてくれます。

「アネモネちゃんは首周りのアクセサリーは着けないものかしら」

「そうなの。関節の隙間に噛んでしまうでしょう? ネックレスやブレスレットは、私みたいによく動く人形には不向きなの。着けてる子もいるかもしれないけどね。あとは魔法がかけられたアクセサリーなら、大丈夫かもしれない。けど私は我慢してるわ。眺めて楽しむだけでもいいの」

「そう……難儀ね」

 カフェアリーヌは、じっと顔を近づけてアネモネの手首や首元を間近で見つめました。ここまで近づいて見たのは初めてのことかもしれません。球体関節のお人形と全く同じそれは、細いチェーンなどは彼女の言うように隙間に噛んでしまいそうです。カフェアリーヌは思いつくことをとりあえずあげてみます。

「眺めて楽しむだけなら、ネイルとかは?」

「駄目よ、落とすのが大変でしょう? 私、水でさえNGなんだから」

「そっか、そうよね。うーん、意外と制約があるのね。難しい……」

「だからこそ私はお洋服が好きなのよ。見ても着ても楽しいし、皆と一緒だし」

「なんかいいわね。理由が凄くポジティブ」

 困った顔のままでしたが、カフェアリーヌは羨ましがるようにアネモネに言いました。

「私がチョーカーをつけるようになったのは、ちょっとネガティブ。アネモネちゃんにだから言うのだけど、首にね、見せたくない傷というか跡があるのよ。それを隠したくて。だから透けて見えるレースだとか、アネモネちゃんと同じで細いチェーンのものとかは今も着けられない。でもお洒落の一つでしょう? 着けると心は明るくなるわよね。だから傷のことも忘れてる」

 そう話して聞かせてくれたことに、アネモネは感謝していたのですが、わずかにオロオロとしているのがカフェアリーヌにもわかりました。傷という言葉には、人を心配させてしまう力があります。あまり話題にすべき内容ではなかったかもしれない、とカフェアリーヌは少々後悔しました。ですが、アネモネは首を横にぶんぶんと振っていました。

「だってお店の名前にするくらい、大事なものなんでしょう?」

「そうよ、意味付けってとっても大切。私にとっては深い意味を込めたもの。でも、時間とともにそれも変わっていく。良い意味でね」

「良い意味なら、とってもいいことね! き、傷はもう痛くないのよね?」

「ええ、すっかり。お客様が来てるときなんて特に、もう存在すら忘れちゃってるわ」

「よかった」

 そんなお話をしてから、アネモネは紅茶を楽しみつつ、カフェアリーヌのチョーカーのコレクションをひとつひとつ見せてもらうのでした。アネモネが見たかったブローチに負けず劣らず、きらびやかで華やかなものです。

 アネモネにとって充実したその時間もまた、忘れがたいものになったのでした。

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