・【カフェアリーヌのモンブラン】
「小さなお客様にはサービスなのよ」
カフェアリーヌはそういって、お皿の上に乗せたモンブランを手で示します。
「もらっていいの!?」
「ええ」
「いただきます!」
アネモネは勢いよくフォークを掴み、クリームの山にそっと突き刺します。すくい上げた一口を、大切そうに運び、味わいます。目をキラキラとさせながらその甘さに幸せを感じていました。
「美味しい。カフェアリーヌはこんなものまで作れちゃうのね。魔法みたいだわ」
「一個一個作るのは手間だけど、喜んでくれる方がいるのであれば、私も喜んで腕を振るうわ。アネモネちゃんは、必ず喜んでくれると思ったから」
「喜ばないわけがないわ! だって美味しいし、可愛いし……あとは何かしら。とにかく理由はいっぱいあるはずよ!」
アネモネは腕組みして考えました。カフェアリーヌはカウンターの向こうで、複数作ったモンブランをケーキボックスに詰める作業をしていました。アネモネが帰るときの手土産にしてくれるようです。その様子に気づいたアネモネは、「気持ちが嬉しいのね、何よりも」と、気づきを得たように呟きました。そうしてから何故か、少しだけ寂しそうにしたのです。
「あーあ! 私もマスターみたいに何かお話ができれば、気後れせずにメニュー表から注文できるのに。そうしたら私、このメニューだけじゃなくて裏メニューまで制覇しちゃうのに!」
アネモネはこの店のルールの例外ですが、ルールのことを知らないわけではありません。この店のオーナーさんからサービスの提供を受けるには、なにか「お話」をしなくてはならないというルールなのです。お腹を抱えて笑えるお話でもいいですし、涙が滲みそうになるお話でも、なんだって構わないのです。ですがアネモネはそういったお話をとんと知りませんでした。本こそ多少は読むものの、暗記して空で言えるほど覚えたものはありませんでした。だからこそ知りたがりで、聞きたがりで、何にでも興味を持つのですが――
「覚えて、人に伝えられるだけのものにするのって、思っているより難しいんだわ。私がお話できるようになるには、何度も何度も練習しなきゃいけない。歌を歌うことなら簡単にできるのに!」
「気にしなくていいのに」
「でも、私が気にしないと、メニュー表の端から端まで遠慮なく頼むことになっちゃう」
「じゃあ頼んでいいって言ったら、アネモネちゃんどうする?」
「えっ。……それは嬉しいけど、いいのかしら。どうして?」
「最近まともに注文を受けることがなくて、そのメニュー表も寂しがってるんだわ」
「メニュー表が寂しがるの? ……それじゃあ、カフェアリーヌも寂しい?」
アネモネはカフェアリーヌの表情を伺いました。
「そうね、寂しいかどうかわからないけど、つまらないのは事実かもしれない」
アネモネにも見覚えのある、困ったような表情でした。ぜいたくな問いかけに気後れしそうなアネモネでしたが、カフェアリーヌの表情を前におどおどとしつつも、大きなメニュー表を広げ、描かれているデザートたちをじっと見つめます。
「……じゃあ、じゃあね、こんどはショートケーキが食べたいの。ダメかしら?」
「ショートケーキね。作れるようにしておきましょう」
「嬉しい……! ありがとう!」
そうして「出来ることだけでも」と気合い充分なアネモネは、最近知った歌や話題の本のことなど、何気ない雑談をカフェアリーヌと交わしました。お腹や涙腺を刺激するようなお話はまだアネモネにはできませんが、カフェアリーヌはアネモネの話を聞いて笑っていました。その笑顔を見て、アネモネも安心するのです。
モンブランの皿が真っ白になった頃に、アネモネは笑顔で帰っていったのでした。




