・【白いご飯に合わせるものは?】
それはまだロアがこの店にやってくる前のお話。
白いご飯とお味噌汁。そんな朝ごはんの組み合わせは、この喫茶店でもよく見かけられるものでした。用意したのはマスターです。それはお客様に出すメニューの模索でもありました。コックがまだいないこの店では、マスターが出してくれる簡単なメニューが全てだったのです。
「モーニングをやるとなると、それなりに大変ですからね。出来るとして、せいぜいこのぐらい」
「これぞ朝ごはん、って感じで私は良いと思うの。トーストとゆで卵とコーヒーの朝ごはんも好きだけど、温かいお味噌汁って落ち着くじゃない? そういうひとときが大事なのよね」
「そう言いながら、アネモネ」
マスターが物を言いたげにしている様子に、アネモネは口を動かしながらもなんだろうと首を傾けます。
「たくあんだけ食べ続けるのは行儀が悪いですよ」
「あら。だって美味しいのだもの……」
マスターが指さした先、カウンター席に腰掛ける二人の間には、漬物皿が用意されていました。その上にあった、黄色のたくあん。白いご飯にもよく合います。ですが二人で食べるはずのものを、アネモネは全部食べてしまったのでした。最後の一枚をパリパリと音を立てながら味わっていました。彼女がお箸を器用に使えるのは、マスターから習った成果です。
「あまーくて、好きよ」
「なら、らっきょうや千枚漬けも好きでしょうね」
「好きだわ! ……きっと」
「きっと、ですか」
「どちらも食べたこと無いの」
若干ではありますが唖然としているマスターは、アネモネの方を見ることができませんでした。ですが彼女は臆することもなく、じっとマスターの目を見ています。マスターは一口、白いご飯を口に運び、飲み込んでから言いました。
「私が買ってこないからですね? せめて常識として知っておいてほしい」
「じゃあ今度買ってきて頂戴! らっきょうならカレーと一緒に食べてみたいのよ」
「貴女とカレーを食べようと思うと全部甘口になるので、ちょっとばかり抵抗があるんです。ルーの仕入れ自体が手間なのもありますが……」
「じゃあらっきょうだけでも大丈夫だから! ねっ、こうして朝ごはんのお供にすればいいのよ」
「仕方ないですね、今度ですよ今度」
「ええ、楽しみにしているわ!」
微笑んでからアネモネは、ゆっくりとお味噌汁をすすりました。こんな風に二人のやり取りが穏やかに進むのは、とてもめずらしい出来事なのです。この日のアネモネは上機嫌で後片付けができたようです。




