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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが涼やかに舞いましょう【▼後編 インスタントコーヒーを淹れよう】
38/60

▼スカーレット 彼女なりのオープニング

その日少女が「ただいま」と帰ってきても、そこに家主はいませんでした。

しんとしてまだ空っぽの広いラウンジを見渡しますが、そこで本当に喫茶店を営んでいけるのか、彼女はまだわかっていませんでした。ただ、壁際に背の高い本棚が置かれています。中に本もぎっしり詰まっており、少女はそれを読むことが出来ます。彼女は本を沢山手に取ってから、自分の部屋に戻ることにしました。本の内容は知っているものもあれば、知らないものもあります。知っているものは、その内容が少し硬い文章で書かれた小説であることや、家主が以前に話して聞かせてくれたものと同じストーリーであることを彼女は理解しています。

読みたい本はいくつかあったのですが、そのうちひとつが背の届かない所にしまわれていました。踏み台などはなく、彼女はそれを取ることができませんでした。思わずムッとします。背の高い本棚は彼女の嫌いなものの一つなのです。ですが数冊を手持ちに、彼女は黙って部屋に戻っていきました。

本の中身は全てここの家主が旅をしてきたときに書かれた手記なものですから、話が中途半端なところで終わっていたりですとか、メモ程度のことしか書かれていなかったりと、小説と呼ぶには未熟すぎるものばかりです。ですが少女にとってワクワクする物語もあれば、キラキラとしていて惹かれてしまう登場人物もいるのです。少女の退屈しのぎにはぴったりでした。

読み進めていったときに、彼女はとあることを思いつきます。「そうだわ」と呟いてから紙とペンを取り出し、少女は自分の今日の出来事を、真似事のように手記をつけるように、メモしていきました。今日は友だちの所に遊びに行った帰りだったのです。そしてそのメモを書き終わったあと、それを両手で持ち上げじっと眺めてから、辺りをキョロキョロと見渡します。

誰もいないはずの空間で、少女は呼びかけます。

「ねえ、紅藤。いるのでしょう? ずっと見ていなくてもいいの。今このときだけでも、私のために此処に来てくれないかしら?」

自分の名前を呼ばれた『私』は、ぎょっとしつつも、何事だろうかと彼女の前に姿を現します。緋色の髪をポニーテールにした姿の『私』が、少女の前にふわりと降り立ちます。

「私の名前を気安く呼んでしまうなんて。貴女は随分と大胆な子ね」

「よかったわ、来てくれたのね! 貴女がシテンとしての修行中だってことはマスターのメモに書いてあったわ。初めまして、私がアンシスタ・アネモネよ! お願いがあるの。このメモを使って、マスターみたいな手記を作ってくれないかしら?」

「随分と唐突ね」

背の低い少女に合わせ、私は跪いて彼女の顔を見つめます。彼女のことは知っていましたが、こんなに間近で彼女の顔を見るのは、実は初めてのことだったりします。

「初めまして。アタシの名前は紅藤色。ヤドリギの名前は志穂。けど、ヤドリギに貴女の話を書かせるわけにはいかない。シテンのルールに反するもの」

私は改めての自己紹介と共に、メモを受け取ります。彼女が今日一日何をしてきたのかが書かれています。楽しかった、だとか、面白かった、といった感想も添えてあります。それそのものは悪いものではありません。ただ、私が描くには条件が難しいというだけなのです。なので、私は少女――アネモネに言います。

「だから、やるなら露草色――この店のマスターの役目ね。貴女が言ってる彼の手記って、彼が書いた小説のことでしょう。つまり貴女が主人公の話を誰かが書くってこと。アタシじゃ無理よ。彼でないと」

「そうなの……つまらないわね。折角面白いことができるかと思ったのに」

あからさまにしょんぼりとされてしまったので、私はバツが悪く、どうにか打開策がないかと頭を働かせました。苦し紛れの言葉をひねり出します。

「ただ、アタシが今後シテンとしての仕事をすることはできるわよ。見るだけ、聞くだけ。それをアタシから露草色に伝えれば、彼は貴女が主人公の話を書くことができる。それじゃいけないの?」

アネモネは顔を上げ、ぱっと表情を明るくさせました。

「本当? あんまりマスターの力は借りたくなかったのだけど、できるのならそれでも構わないわ! 面白そうなことはみんなお願いしたいの!」

「ずっとは無理よ。物語っていうのは、始めがあって、終わりがあるもの。今日このときが始まりだとして、いつか終わりは来る。エンディングのそのときまで。その条件であれば、飲んであげてもいいわ」

「もちろんよ! よろしくね、紅藤。貴女が手伝ってくれるなら、私も嬉しいわ!」

気軽に引き受けたはいいものの、この話がどこまでどのように続くのか、私にもまだわかりませんでした。わかりませんから、私にも手探りだったのです。


アネモネの中の暦が数年経った頃に私は、ノートを一冊、アネモネの店のマスターに渡します。私たちは時を渡ることが出来るので、数年のことなど一瞬でわかってしまうのです。私はアネモネの様子をしばらく観察して、彼のメモのように紙に記していく作業をしていたのです。

ちら、とこちらを見て、何の話か把握した後にマスターはそのノートを受け取りました。無愛想な様子に、私はついため息が出てしまいました。

「紙媒体にこだわってるの、古風よね。これでいいの?」

「助かるよ。何を対価に渡せばいいかな」

「別に何もいらないわよ。カフェアリーヌじゃあるまいし。このくらいあればあんたもアネモネの話くらい書けるでしょう?」

パラパラとページを捲り、どんなエピソードがあったのか、何をあの子がしていたのかに目を通します。じっくり読み込みたかったのか、暫く手を止めていましたが、私の前だからと彼は一度ページを閉じました。

「十分だ。もっと違う話を書きたいのは山々だが、仕方がない。あの子と君が結託されてはね」

「別に結託なんてもんじゃないわよ」

しらを切るように私は目をそらします。ですがマスターは先程まで無愛想な顔をしていた割に、今は笑っていて、私にも悪い顔は見せていませんでした。

「紅藤が書いたコレを元に、僕がちょっとした話を組む。そのくらいの作業なら、この店をやっていく片手間でもできる。アネモネの願いの一つも叶う。それならそれで構わない」

「そうよ、アタシが見てきてあげたんだから、無駄にしないで貰いたいもんだわ」

「わかってるよ」


そうして彼女、アネモネが主人公のお話は始まったのです。



~・~・~



少し不思議なとある世界『アネモネ』。その化身である『アンシスタ・アネモネ』は、まだまだ未熟な女の子。人形の身体を、自分がウェイトレスを勤める喫茶店のマスターから借りて暮らしています。アネモネの夢は、この世界を訪れる旅人『シテン』たちの道案内をするための観光案内所を営むこと。しかしそのためにはまだまだ知らないことばかり。

これはそんな彼女のちょっぴり小さな冒険や、日常を詰め込んだお話です。

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