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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが涼やかに舞いましょう【▼後編 インスタントコーヒーを淹れよう】
37/60

▼ナイト 小さな小さなポーション会

オーナーさんが喫茶店の外に出かけることは稀ですが、稀であっても出かけることはあります。

それは彼女が魔女の勉強をすると決意するよりも前の出来事です。この日オーナーさんが出かけていったのは、紅茶の品評会。自分が審査をするわけではなく、審査をしてもらう側です。この世界で紅茶などの飲み物やその他人の口に入るものを流通させようとしたときには、こういった品評会で一定の評価をもらわないとできないような仕組みになっているのです。喫茶店としてお客様に提供する品であっても、それは同じことです。

オーナーさんのブレンドティーは、一番から五番まであります。それはこの品評会ですでに許可を得ており、お客様に振る舞っているものでした。

「最大手である『ポーション会』に紅茶を持っていく者は少なくないが、此処に紅茶を持ってくる者は限られている」

受付をしている馴染みの会員にそう言われましたが、オーナーさんはとぼけた顔をしながらも苦笑交じりに答えます。

「そうですか? それでもここでOKを頂ければ、お客様の手に自分のブレンドを届けることができるんですから。目的は十分果たせるんですよ」

「欲がないね。よりネームバリューの高いところに持っていけば良いこともあろうものを。ただ、貴女の紅茶は私達にとっても誇りですよ。良い品だ」

言いながら空欄ばかりの書類を何枚かオーナーさんに手渡します。代わりにオーナーさんは自分の持ってきた新しいブレンドの缶を渡します。今日は、この新しいブレンドひとつだけを持ってきています。紫色の花びらが混ざった茶葉で、夜の眠りに沿えるための紅茶だそうです。カフェインが少ないとされる素材を調合していました。

「どうです、店の方は」

「まだまだですよ。最初は森から来た旅人に『北に向かえば街がある』とだけ伝えればなんとかなるものだと思ったのに、全然。不思議なお客様ばかりが訪れる店になってしまった」

大きなフロアに持っていかれた紅茶は、担当の会員が蓋を開け、茶葉に直接触れたり、また別の担当者が淹れたものを小さなカップで味利きしたりと、質を確かめられていました。その作業の間に、オーナーさんは書類に必要なことを記入していきます。時間としてはわずかなものですが、その書類を返却した頃に、品評の可否が返ってきました。今回も問題なく、販売や提供ができるようになった様子です。書類に承認印が押されました。承認印を押した担当者が、頷きつつも言います

「しかし前回同様少々オリジナルに欠ける。工夫も大事ですよ」

オーナーさんはそれを否定します。

「うちは小さい店です。フレーバーを山程用意してお客様を待つやり方は、大手のすることですから」

「全く。欲がないさまは紅茶にも表現されてしまうとは」

本来であれば、この後に品評の結果として今日持ち寄られた中での優劣をつけるのですが、オーナーさんはそれを辞退しました。品評会の中で他の方々の飲み物を口にする権利くらい、いくらか買っておいても損はないかもしれません。ですが多くを望まないオーナーさんは、人との必要以上の交わりを避け、その選択肢を選ばないでおりました。

「さて。帰ったら自分用に一杯、このブレンドを淹れてから眠ろうかしらね」

承認印の押された書類だけを大事にカバンにしまい込み、帰っていきました。短い時間でしたが、歩いて街まででかけたので、今日はオーナーさんもクタクタです。


しかし、夜遅く帰宅したオーナーさんは、自分の店のキッチンが荒れている様子に気づき、眉間にシワを寄せました。

「私のいない間にお客様がいらしたみたいね。……嫌ね、泥棒かしら。でも鍵はかかってたし……」

ちゃり、と鍵が鳴る音を自分のポケットの中で確かめます。ここに入ってくるとき、たしかに自分で鍵を開けて中に入りました。鍵が元からあいていれば、逆に締まるはずです。荒れたキッチンにしゃがみ込み、何か物がなくなっていないか、何か盗られていないかを確認します。暫く片付けながらその作業を進めましたが、わかったのは一点だけです。

「スパイスが、ない? それだけ?」

オーナーさんは唸ります。唸ったまま頬に手を当て、瞼を下ろし、じっくりと考えてから立ち上がります。

壁のフックに吊り下げてある、手のひらサイズほどの小さな板――それはオーナーさんがたった一人と通話するためだけに置かれた携帯電話なのです――を取り、ボタンを押して耳に当てました。真っ先に思いついた心当たりに、連絡を取ります。


「――エリア? 急にごめんなさいね。あなたうちのキッチンに入ったりした? ――そう、本当にしてないのね? じゃあつゆ草さんかしらね……。え? そう怒らないで頂戴。まだ予想の段階なんだから。――ああ、次の配送ね。ロット数変えたところだけよろしくね。そうよ、お客様は来ないわよ。それでも要るの。わかった? ええ、それじゃあね」


再度ボタンを押して電源を切ってから、電話を壁の元あった場所に戻しました。エリアはこの店に食材などの品を届けてくれる商人の一人。この店の中にも入ることが出来る、数少ないうちの一人です。ですが彼女ではないようです。

オーナーさんは改めて唸って、腕を組みます。

「じゃあ、消去法ならつゆ草さんよね。らしくないけど。……つゆ草さんとコンタクト取ろうと思ったときの手段、そういえば無かったわね。いつも彼の方から来てくれるだけに頼っていたから。私も馬鹿ね。……それにこうやって独り言であっても口にしていれば、『呼んだ?』とか言って出てくるのがシテンだと思っていたけど、そうとも限らないのね」

シテンとは神の視点。この世界をも俯瞰してみることができるはずの、特別な旅人でした。ですが、マナーやモラルを重んじる彼らは、この世界でその力を振るうことを好みません。オーナーさんの言うように、『呼んだ?』と一言告げて現れることはできるのでしょうが、つゆ草と呼ばれたシテンはそれをしませんでした。できなかった、の方が正しいのかも知れません。

オーナーさんは「まあ、物騒だけどスパイス一瓶くらいなら」と思いつつ、荒れたキッチンを改めて片付け、そうしてから今日品評会に出した夜用のブレンドを一杯、自分のために淹れたのでした。

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