▼スカイ アネモネとおうちピクニック
「おうちピクニックがしたいのよ!」
アネモネが突然オーナーさんにそう言いました。訳はこうです。
「うちの喫茶店にも、本棚が置いてあるのだけどね? 漫画とか小説とか、写真集とか……マスターが集めたものが沢山。その中にね、おうちピクニックをする話があったの! やっている人たちみんな凄く幸せそうにしていたから、私もやってみたいなって!」
「突然のお話だと思ったら、そういうこと。なるほどねえ、ピクニック……」
「マスターは最初から『手間だ』って取り合ってくれなかったの。カフェアリーヌはどうかしら?」
「私はいつも暇だし、構わないのだけど。それは、お店の中でやっちゃうといつものお茶会になっちゃうから……」
オーナーさんは窓の外を見やり、指差しました。
「外でお茶をすれば、少し新鮮かもしれないわね。晴れている日だし、まだ朝早いけどお昼ごはんの支度を兼ねて、やってみましょうか」
「本当! ありがとう、カフェアリーヌ!」
喜ぶアネモネはその場でくるくるとターンしながら、スカートの裾を広げていました。喜びの舞いでしょうか。
「しかし、アネモネちゃんのためにお弁当って変な感じよね。お弁当箱が無いから、プレートにしてもっていきましょうか。オードブルの注文なんて滅多に入らないから、これも使ってあげるいい機会よね」
キッチンカウンターの中に入っていったオーナーさんは、オードブルプレートを背の高い棚から取り出し、水洗いしました。そうしてからメモにメニューを書いていきます。卵焼き、ウインナー、ブロッコリーにプチトマト。王道のそんな品から黙々と考えていきます。
「唐揚げ、は時間かかっちゃうのよね。サンドイッチを簡単に作って、それから……そうだ、ハンバーグならタネがあるのよね。焼くだけ。ピンチョス用のピンはあったかしら……。あればそれっぽいのだけど。そうねえ、あとはポテトサラダ……」
「そ、そんなに沢山……カフェアリーヌ、それ、全部作るの? 思ってた以上に大変よ……」
「大変、って思うんじゃなくて、これも楽しいって思えるのが、ピクニックではない?」
「……そうかも! いつもと違って新鮮だもの!」
「勿論。アネモネちゃん。お芋ふかすの、手伝ってくれる?」
「そりゃあ何でも手伝うわ! 楽しまなきゃ損なんでしょう?」
バタバタとアネモネは料理支度を整え、キッチンに踏み台を持っていくのでした。アネモネは手渡されたじゃがいもを洗い、皮を剥きます。幸いにもこのお店には電子レンジというものがあります。簡単に熱を通すことができます。ボウルに入れて、数分。その間にオーナーさんがきゅうりの塩もみを作ったり、人参の皮を剥いたりしています。ちょっとずつですがそれも手伝います。ですがいずれもアネモネにとっては大変な作業。慣れないだけでなく、包丁やピーラーといった道具が彼女の手には大きすぎるのです。
「マスターは同じ理由でキッチンに立たせてくれないのよ。慣れれば大丈夫かもしれないのに」
「怪我したら大変でしょう? 心配するのも無理ないわ」
「でもカフェアリーヌはこうやってお手伝いさせてくれるから、私好きよ。何でも挑戦してみたいじゃない? そういう気持ちに素直でいさせてくれるんだもの」
蒸かしたじゃがいもをマッシャーで一生懸命潰しながら、アネモネは言葉を交わしていました。小さく切って熱を加えた人参と、同じように切ったハム、水気を絞ったきゅうりとマヨネーズなどの調味料を、アネモネがマッシュしたじゃがいもの中に入れ、オーナーさんがざっくりと混ぜてくれました。時々、剥ききれなかった皮が混ざっていたり、潰しきれなかったじゃがいもがゴロリと入っていたりしましたが、ご愛嬌です。
はい、とカウンターの上で渡されたポテトサラダを、ディッシャーでプレートに盛り付けていくのはアネモネの仕事です。
「じゃあ他のも作っちゃうから、アネモネちゃん。それが終わったらでいいんだけど、滅多に使わないレジャーシートがあったはずなのよ。奥から探してきて貰えるかしら?」
「はあい」
プレートに丸く盛り付けてから、一度キッチンを離れ、お店の奥の納戸に移動します。物がたくさんあり、見慣れないアネモネには何がなんだか状態です。一度オーナーさんのもとに戻って、細かい場所を聞いてからもう一度探します。少し埃っぽい場所なので、咳き込みながらの作業でした。
暫く時間をかけて、厚手のレジャーシートをアネモネは見つけます。巻かれた状態で持ち手がついているので、最初は鞄か何かだと思い、レジャーシートだとは思わなかったのです。
「カフェアリーヌ、これのこと? 全然レジャーシートに見えなかったわ!」
「ああ、それよ。そっかわかりにくかったかしら、ごめんなさいね」
「ううん。早く広げてみたいわ」
「なら先に外で好きな場所にそれ、広げてきても大丈夫よ」
「本当!?」
アネモネは嬉しそうに、そのレジャーシートを持って外に飛び出していきました。
喫茶店の外は広大な草原。見渡す限りの緑色は、高い木がどこにもないのでいつも見晴らしがよく、天気の良い日は特に風の心地よいすてきな空間になるのです。
アネモネは、後々料理などを運ぶことを考え、店の目の前、道を挟んで少し離れた所にレジャーシートを敷くことにしました。広げるととても大きく、大人が何人か寝転がっても十分な広さのあるものでした。小さなアネモネは必死でそれを隅から隅まで伸ばします。端のペグ刺しが上手くできず、何度かやり直したりしましたが、なんとか綺麗に広げることができました。そうしてからごろんと、大の字の仰向けになってシートに寝転がってみました。草の感覚と、クッション質が共にふかふかとしていて、大きなものに包まれるように温かく感じられました。
青い空を見上げるアネモネは、ふふ、と思わず笑顔になります。青い匂いが鼻先に近く、くすぐったい心地もしました。満喫してから喫茶店の中に戻ります。
カウンターの上を見ると、始めはポテトサラダしか乗っていなかったプレートに、色鮮やかで様々な食材があっという間に並んでいました。オーナーさんの実力を感じるアネモネです。
「すごいわ……ご馳走よね。これで全部?」
「あとは紅茶とお茶請けだけね。紅茶もカップとソーサーじゃなくて、ボトルに入れていかなきゃダメね。用意しましょう」
「そっか! 飲み物のことすっかり忘れちゃうなんて、いつもなら絶対ありえないのに、なんだか不思議な感じ……!」
「ふふ、主役が沢山いるから仕方ないわ」
いつものように紅茶を蒸らし、それをいつもはカップに注いでくれるオーナーさんですが、今回はボトルに注ぎ入れて蓋を閉じました。
「これ、前に話したでしょう。アイスティーの旅人さんのこと。その人から貰ったボトルよ」
「すごい、じゃあ温かいものが温かいままなのね!」
アネモネはボトルを持って扉を開けます。オーナーさんの両手は持っているプレートでふさがっているので、アネモネが扉を支えたまま、視線でレジャーシートの場所を示しました。
さて、とオーナーさんがシートに腰掛け、アネモネもその横に座って、ようやく準備が整いました。
「平和ねえ。こうやって何事もなく日常を楽しめるのが一番だわ」
「私、小さな冒険も大好きだけど、こういうのも大好きなのよ! 今日もまたこうやって、幸せな一日になるんだわ」
アネモネとオーナーさんはゆっくりと流れる時間とともに、自分たちで用意したお昼を楽しむのでした。




