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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが涼やかに舞いましょう【▼後編 インスタントコーヒーを淹れよう】
31/60

▼アメジスト 紫の鳥と振り子の星図

マスターの片手に、紫色の小さな鳥が留まっていました。すらっとしたシルエットと宝石のような美しい紫が目を引きます。

「やあ、アメシストスパロー。こんなところまで飛んでくるだなんて、珍しいじゃないか」

喫茶店の外で掃き掃除をしていたアネモネは、突然の小さな来客に驚き、また興味津々といった様子でマスターのそばに寄ってきます。

「可愛い小鳥さん。マスターに懐いてるの? ねえねえどうやって仲良くなったの?」

「これは懐いているんではなく、からかわれているんですよ」

「そうなの?」

マスターは若干苦い顔をしていました。ですが紫の小鳥を見つめる視線は愛おしいものを見る目に違いありませんでした。

「人々が青い鳥を追いかけるように、私たちシテンはアメシストスパローを追いかけているんですよ。捕まえて鳥かごに入れたくとも、絶対にそれがかなわない存在です。こうやって愛でる他できない」

マスターの手を離れ、彼が地面にまいたパンくずをついばむ紫色の小鳥は、気が済むとそのまま飛び立っていきました。白い世界を悠々と飛ぶ姿は、まさに飛ぶ宝石のようです。

「ああやって、また別のシテンの元へ飛んでいきます。次にここに来るのはいつでしょうね」

「滅多に見れないもの見れちゃったのね。お店にいてよかった! 小鳥さんて可愛いのね」

パンくずをちりとりに掃き入れつつ、アネモネは楽しそうにそう言いました。それを特に表情を作ることなく見つめていたマスターでしたが、思い出したかのようにアネモネに言います。

「先日珍しく、この空間にも風が吹きました。何か起こる前触れかもしれませんし、何でも無いかもしれない。ただ、アメシストスパローが来たということは、悪いことでは無いようです」

「マスター。風、怖くなかったの?」

「……店の中にいました」

「外にいたら怖がったかもしれないのね。残念。固まってるところ見てみたかったのに」

そのからかいには特に反応を示さず、マスターは真っ白な空を見上げています。アネモネはほうきを玄関先で片付け、自分の手をパンッとはたきました。

マスターが言います。

「風が吹いた。アメシストスパローが飛んできた。これは私も、シテンとしての次の旅をそろそろ始めなくてはならないかもしれません。その時は貴女とロアに留守を託します。お願いしますよ」

「はあい。ねえマスター。シテンって、神様ではないのよね」

「ええ、あくまでも神の眼です」

「神様の目が、喋るのよね。変なの」

「そうですね。ある意味変な話だ。ですがシテンであるからには、喋ります。せっかくなら何か話でもしましょうか。貴女が、鳥の話が載った絵本がそこの本棚にあるのを知っているかどうかによるのですが、どうです」

アネモネは店内のことを思い出し、そこにある本棚と絵本のことを思い出し、彼が何故そんな事を言いだしたのかを推測します。そしてぱっと笑顔になりました。

「知ってるわ! 小さな鳥さんが、可愛い女の子になる話! あれがアメシストスパローなの?」

「……違います。既に読んでいるなら私が語るものではないですね」

「なんだあ。新しいお話聞かせてくれるかと思ったのに。さっきの小鳥さんが女の子になるとかじゃないの?」

「違いますね。もしなんなら、私が喋れなくとも、貴女が喋る練習をしてもいいんですよ」

その発言にアネモネは「そっか」と新しい気づきを得たように、目を丸くさせます。ですが不敵に笑みます。

「マスターの力を借りている私だもの。できるわよ、聞いててね」

絵本のページを捲るような素振りで、アネモネは今二人で話していた話題の絵本の中身について、文字を書き起こすように思い出していました。そして、その頭の中で書き起こしたものを口にします。


「ええと――そこには歌が得意な小さな小鳥がいました。小鳥のさえずりは、人には何を言っているかわからないものの、愛らしく魅力的で、特に小鳥同士の掛け合いを好む人々がたくさんいました。そんな小鳥の中から一羽、少女の姿に変わったものがおりました。空からのお告げが、少女に人の言葉で歌う力を与えてくれました。同じメロディーを、今度は人の言葉で歌います。何を歌っているのか、はっきりと人々に届くようになったのです。より力強い魅力を放つようになった歌声に、人は歓喜しました。ですが、少女の姿では小鳥同士の掛け合いができないのです。人と小鳥とではハーモニーが合いません。元のように呟きたいのに、小鳥にはそれができず、嘆き悲しみました。小鳥たちも悲しみました。少女の柔らかな歌声は響き続けるものの、とても悲しいものだったのです。しかし、彼女の変わらないメロディーに惹かれて一人の少年がやってきました。少年は少女に話しかけます。僕は君の歌を知っているよ、と。少女は戸惑いながらも答えます。私もあなたを知っている。そうして新しい、人としての語らいが、掛け合いが生まれました。小鳥の掛け合いとは音色は違うものの、それもまた人々を魅了する美しい歌になったのでした。少女は笑顔で歌うことができました」


ゆっくりと、時々つまづきながらも、間違えずにお話を終わりまで持っていくことが出来ました。マスターは簡単に拍手をしました。アネモネは踊りを終えたときのようにスカートを広げて、にっこりとお辞儀をしました。

「っていう絵本だったはずよ。マスターが作ったの?」

「作ったというか、雑に描いただけですよ」

「……小鳥の声は高くて綺麗よね。けど、どんな楽器にだってその楽器ごとに綺麗な音色があるんだから、無理に小鳥みたいに高い声をだそうとしなくたっていいんだわ。女の子が無理に小鳥の言葉で語ろうとせずに、人の言葉で語ろうとしたみたいにね。私はこの話、好きよ。あとは小鳥や女の子が歌ったのがどんな歌だったのか、実際に聞ければパーフェクトだったのに」

「それは中々難しい話だ」

マスターは困ったように笑っていました。それは絵本の中だけでなく、現実の小鳥についても同じだったからです。

「アメシストスパローの歌はどんなものでしょう。そして、仲間同士の語らいはどんなものでしょう。我々はまだ知る由もないけれど、いつか私は知りたいのです。そんな話に通ずる、ちょっとした昔話です。聞きたくても聞けないのは、私も一緒です」

「……それは、残念ね。いつか聞けるといいわね」

「そうですね」

そう話しながら、二人は店の中に戻っていったのでした。扉を閉める途中、マスターはとあることを思い出します。

「ああ、紫色が奏でるものといえば、アネモネ」

「なあに?」

「貴女が興味を持ちそうなものが、この間雑誌に紹介されていましたよ。ロアと見てきたらどうです」

「本当? マスターにしてはすっごく親切!」

「……本当に失敬なことを言いますね。カウンターの上にある雑誌です」

「わかった! 見てくるわ!」

そう言ってアネモネは次の行き先について調べに行ったのでした。


~・~・~


振り子の星図。大昔に作られた一軒家ほどの大きさのものです。これを操作することにより、暦や時刻のもとになる空の動きを調べることが出来ます。ですが操作が難しいため、製作者の死後、誰も使えないままとなっています。ですが試すことは誰でもできるのでこの土地の観光資源となっています。黄金の振り子は今でも動き続けているのです。


二階建ての建物ほどの高さのある大きな振り子と、その裏に配置された文字盤。そしてその上から降る、雨のような水滴。濃い紫色の文字盤には様々な点と線が描かれており、これが星図なのではないかと言われているのだそうです。ですが今はそれを確かめようにも、機能として動かすことが出来ていないため、実証しようがないのだそうです。

ロアのコンパスがくるくると回ります。

「星の早見表。あれの大きいものと思っておけばいい」

「私達の世界の星座って、他の世界の星座以上に並びがわかりにくいんですって。だから星を頼りに何かしようとおもったらかなり大変らしいわ」

「そうなのか」

「って、マスターが言ってたの。色んな世界を見てきてるマスターが言うんだから、きっとそうなんだわ」

そんな「振り子の星図」を見るために、アネモネとロアの二人はやってきました。

他にも観光客はおり、順々に階段を降りていく様子が二人の位置からも見えました。

その大きさは壮観です。地下でつなぎを着て水の汲取り作業をしている人を指さして、ロアは説明します。

「あそこに作業員がいる。ああやってメンテナンスをする人がいる。そのお陰で今もこうして振り子自体は動いている。だが星図としての機能を果たしていない」

「どうしても動かせなかったの?」

柵の向こうを覗き込み、わずかにアネモネを持ち上げてそちらを見るよう促します。アネモネは軽いので、長時間抱き上げていてもロアの腕がしびれることはありません。

「見えるか。落ちてくる水滴を上手く受け皿に乗せたり、逆に弾くことで調整していく仕組み。このコア機能に関してはあそこに見える小さなスペースで行う必要がある。両手があっても足りない作業なのに、連弾するには狭すぎる」

「連弾って、なんだか楽器みたいね」

「やってみたいか」

「もちろん! やってみたいに決まってるわ」

そう言ったアネモネを床におろし、彼女が歩くのを先頭に、ロアも後ろをついていきます。操者席のある地下まで降りていきました。まるでパイプオルガンか何かのような鍵盤楽器を演奏するかのような仕組みになっています。アネモネは作業員の説明を受けながら、まずは軽く操作してみます。

赤い錆のようなものが入り混じった水滴が落ちてきた場合は、それを床に落としてはいけないので、鍵盤を押すと奥に突出する受け皿で受け止める。そうではなく透明な水滴が落ちてきた場合には、床に落とす必要があるので受け皿を引っ込める。単純なしくみなのですが、何分雨のように沢山その水滴が振ってくるものですから、見分けもつかなければ手元も追いつかないのです。

アネモネは徐々に動かしていって腕を慣らしていきましたが、雨粒のような水滴すべてを綺麗に弾くことはできず、またそれが長時間ともなればとてもではないが無理だと、すぐに投げ出してしまいました。

ロアは苦笑しました。アネモネは疲れた腕をぶんぶんと振ったり、肩をぐるぐると回しながらロア同様の苦い顔をしていました。

「なんでもできる、というわけではないのだな」

「できないことがない、とは言ってないわ」

「そうか」

「ロアもやってみる?」

「そうだな、折角である」

ロアも操者席に移動し、アネモネの見様見真似で操作してみました。無数にある鍵盤のどれを叩くべきかわからなくなってしまったりと、序盤は迷っている様子でしたが、次第にうまくなっていき、床に溜まっていく水の透き通り方はアネモネのときよりも良く透っていました。ただ、これも長くはできませんでした。五分程度で腕がしびれてきてしまうのです。

「これで連弾が出来たら、より床の水も透き通るのだろう」

「そうよね。人の数をたくさん用意して、交代で操作するとか……?」

「しかしこの街では人手が足りない」

「これを作った人は、そこまでのことを考えていなかったのね」

「もしくは、それをせずとも上手く機能していたかどうか」

「多腕の持ち主ならできちゃうわ」

「……確かに」

アネモネもロアも、腕は左右に一つずつだけ。ですが世の中にはそうではない人もいます。そういう人であれば、これは操作できる代物だったのかもしれません。

アネモネは階段を登っていき、自分が先程まで座っていた操者席に別の誰かが座って操作している様子を横目に見ていました。ぴちゃん、という、受け皿が水を弾く音が重なり、まるで本当の楽器のような旋律を奏でるようでした。受け皿が鳴らす高い音と、床に落ちる低い音との交わりが心地よく感じられました。

「もしかしたら、本当に楽器だったのかもしれないわ」

「……というと」

「星図じゃなくて、楽器。だったら、この不思議な音色も、不思議な仕組みも、ちょっぴりわかる気がしたのよ。ただそれだけ。マスターも『紫色が奏でるもの』って言ってたの。だから、この星図を弾くだけじゃなくて、音を聞くことが大事だったのかもしれないわ」

「……そうだな。だが過去の真実は誰にもわからない。私の羅針盤であっても、示さない範囲のこと。想像するだけに留めよう」

「そうね。でもとっても楽しいわ!」


アネモネはいつもの笑顔で星図の元を去ったのでした。

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