▼エメラルド モルフォケイヴ
緑色のモルフォチョウの生息地として有名なモルフォケイヴ。静かな海に囲まれた孤島です。洞窟内に生息する蝶は、美しい緑の羽根と鱗粉で人々を魅了します。モルフォの鱗粉は岩を緑に染める力があり、水で洗い流したり海に落としたとしても、色は一生変わりません。そんなモルフォ鉱石は美しい色からエメラルド同様の品として人々に愛されていますが、希少なため実物を目にしたことのある人はほとんど居ないとされています。
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海の水が入り込んだ洞窟。その水の色は、鉱石の色を取り込んで美しいグリーンとなっていました。アネモネとロアの二人はその洞窟を探索しています。
「私は善き商人になりたい」
ロアはアネモネに言いました。
「とびきりの品を仕入れれば、アネモネのように喜ぶ者が居る。海にはそんなものが沢山ある」
「商人、素敵ね。商人さんならカフェアリーヌの所に出入りしている人もいるだろうから、今度紹介してもらうといいわ!」
「それは良い。話を聞いてみよう」
そう話しているそばを、ひらりと緑色の蝶が舞います。見渡せば岩場に留まっている蝶がいくつも見られます。このモルフォたちのことをアネモネは事前に図鑑で調べていました。ですがその知識は一見には及ばなかったようで、小さな蝶たちを自分の鼻先といって過言でない距離で見つめ、その美しい色に驚いていました。
「ピンクモルフォとグリーンモルフォがいるのは知ってるわ! グリーンモルフォの鉱石に包まれてると森の中にいるみたいだけど、こちらのほうが木々よりも光を纏っていてとても幻想的よね……!」
緑の蝶が既にひらりひらりと何羽も舞っている道を進みながら、奥を指をさすロアの先導でアネモネは洞窟を先に進んでいます。
「さて、その奥が最深部」
急な斜面などに気をつけながら足を進め、たどり着いた奥には天井の高い広めの空間がありました。空を行き交うモルフォの大群と、キラキラと舞う鱗粉。そして岩場全てが緑色の宝石で出来ています。アネモネは興奮しながら一面の緑を眺めています。ロアも満足気です。
ロアは、服や身体に鱗粉がついてはいけないからと、緑に染まってもいい傘をアネモネに差し出しました。二人で傘を指して並ぶと、それは洞窟内に緑の雨が降っているようでした。
「緑色の宝石の山だわ……! すごい。でもロアが商人を目指すってことなら、ここに来たのも、その一つだったりするのかしら?」
「うむ。モルフォの力によって輝くようになった鉱石を採掘しようと思った。しかしこの光景を闇雲に壊すわけにもいくまい」
「とっても綺麗だから手を付けるなんてダメよね! 私初めてだわ、自分の目でこんな景色を見たの」
ゴム手袋をしてから、岩肌に触れます。苔が覆い茂るのとはまた別の緑色。透き通った緑の鉱石が岩場としてこの場を形成している様は壮観です。
「沢山採って沢山流通させればいいってわけじゃないのね。今ありのままの姿を大事にしなきゃいけない……。それじゃあ、写真ならどうかしら。はがきにしたり、カレンダーにしたり、色々あるわ」
「そうか。ただ暗いからね、私のカメラで上手く撮れるかどうか。試すだけ試すが、私の持っているものは現像に時間がかかる故」
そう言ってロアが取り出したカメラは年代物のようで、重みがありそうな見た目と大きなレンズがアネモネの目には格好良く映っていました。シャッターを切る音が静かな洞窟内に響きます。
「私も何かカメラのついたもの、持ってくればよかったわ。落ちてる小石一つ、二つなら、怒られないかしら。一旦触るだけね」
「なら少しだけ拝借」
そうして地面に転がっていた鉱石の欠片を拾い上げます。薄い層が剥がれ落ちたような欠片でした。手袋越しにひんやりとした触感が伝わってきます。ですがその形には違和感があり、特にロアは真っ先にそれに気づきました。
「これは、卵の殻だ」
「えっ?」
「奥に進もう」
岩場を下り、先に進みます。なんとか歩けそうな平らな岩を見つけては登り、下り、それを繰り返して奥地に向かうと、そこにはグリーンモルフォと同じ色の、大きな卵の殻だけが大きく割れた状態で鎮座していたのです。人形であるアネモネよりも何か大きな存在がそこから生まれたであろうことが想像できます。ですが今は中には何もいません。
「もしかして、これからモルフォの群れが生まれたの?」
「いや違う。これはまた別のものが生まれた痕跡。殻だけが鉱石と同じようにモルフォの影響を受けて緑になっただけ」
モルフォではない、と言われても、あたりを見渡してそれ以外の生き物はこの洞窟には見当たりません。それに気づいたアネモネは顔色をさっと青くさせました。
「ねっ、ねえ、ロア。それってもしかして大きくて怖いもので、洞窟の奥からその怖いものが出てきて、見つかって怒らせてしまって『逃げろー!』的な展開になったりしない……?」
「するかもわからん」
「やだ!! どうしたらいい?」
二人は急いでしゃがみ込み、息を潜め、聞き耳を立てました。ですが何も音はしません。胸を撫で下ろします。
「生まれたのがもしここの主だとしたら、確かに、鉱物を外に持ち出そうとするものには声をかけるかもしれない」
「じゃあやっぱり黙って持っていったら駄目よね……うーん、此処に居ないけど、ここから生まれた大きな生き物って何かしら。不思議……」
小石に見える卵の殻をアネモネはそっと地面に戻しました。けれど、名残惜しそうにしています。
「カフェアリーヌに聞くために持って帰りたかったの。また返しに来るって約束ならどうかしら? やっぱり駄目?」
「何を聞くつもり?」
「色々よ。例えば、もしこの大きな卵から生まれたのが妖精だったら、凄いわって思って。そうでなくても、あの喫茶店には本がたくさんあるからモルフォやこの洞窟のこともっと調べることもできるわ。色々知りたいこと沢山出てきたの」
「じゃあまた来ればいい。幸いにもヒトの居ない場所だ」
「そっか、また来てもいいのね。楽しみが増えたわ! 私が中には入れちゃいそうなくらい大きい卵なのだもの。すごく厳かな存在かもしれないわ」
そういって楽しそうにしながら、アネモネとロアは卵の殻を背に、岩場を下っていきました。
「でも私がもう一度ここに来ようと思ったら、扉のある場所に一度行かないと私のパスポートじゃ上手く移動できないんだわ。どこかこの近くにあるといいのだけど……」
アネモネの持つ不思議なパスポートは、『扉』をくぐることで好きな場所に移動できる力を持っています。ですが『扉』がない場所に瞬間移動のようなことはすることができません。ですから手近なところや一番近いところに扉やドアがある場所を見つけて、そこに一度アネモネが行かなくてはならないのです。その目で見ていない扉を開くことはできません。
その仕組みに不便さを感じつつ、ロアはアイデアを出します。
「港町のレストラン」
「あるの!?」
「――は遠い。そこからここまで来るには船を使わなくてはならない」
「なんだあ」
「だから一人で来ようとせずとも、私がまた連れてこよう。それではいけないだろうか」
ロアの力は扉のようなものにしばられません。時間はかかりますが、行きたい所に移動することが出来る力を持っています。アネモネ一人くらいなら一緒に移動することも出来ました。アネモネは表情をぱっと明るくさせます。
「いけなくなんかないわ! ありがとう、ロア! じゃあ、その港町のレストランには一度着替えてからお食事だけしに行きましょう。お腹空いちゃった」
緑に染まった傘をお土産に、二人は洞窟を後にしました。
洞窟の外は一面の海。青に囲まれた小さな孤島にある洞窟は、人がめったに立ち入ることのない、神聖な場所でもあったのです。
「レストランの次はどこに行きたいかね、アネモネ」
「……次。それってどこでもいいの?」
「人形の君が行けるところだって沢山ある。後はほんの少しの好奇心だけ」
「なら行きたいところいっぱいあるわ! 連れてって頂戴!」
アネモネの瞳の花がくるくると回るのでした。




