第98話 花火大会 その後に
潜行密用 愚の如く 魯の如し
只能く相続するを 主中と名づく
花火大会が終わり、夏の夜空はいつもの平穏さを取りもどした。
あんなにいた観客は、散り散りになり帰りの道を埋め尽くす。
僕たちは混雑を避けるため、時間差で帰ることに。
しばらく河川敷にあるベンチに腰を下ろして、ゆっくりすることにした。
あんなに盛大で湧き立った花火大会も、終わってみれば儚いもので、夢でも見ていたようだ。
でもこの祭りの後の、なんとも言えない韻は嫌いではない。
なんかこう……感傷的な気分になってしまう。
そんな僕に隣に座る秋芳部長は、満足そうに微笑んでは、話しかけてくる。
「綺麗だったねー 花火」
「ええ、よかったです」
「また来年、見に来ようね」
「そうですね」
今までなんでこんな楽しいイベントを、素通りしてきていたのだろうか?
また見に来たいというのは、僕の素直な気持ちだ。でも……
来年も僕たちは、こんな関係が続いているのだろうか?
「天気次第でしょうけど」
深谷先輩がボソッとつぶやく。
そうか…… 今日は晴れてたから無事開催されたが、雨とか台風だったら中止もありえるんだよね。
そう考えると、もしかしたら部長たちと見る花火大会は、今日が最初で最後になってしまうのだろうか?
これも一生に一度しかないという「一期一会」ってやつなのかな?
だったらちゃんと浴衣、着てくればよかったのかなぁ……
……と、ほんのちょっとだけ、後悔してるかも。
そんな時に部長が、すでに黒い闇に覆われた天を仰ぎながら続けて言う。
「天気に恵まれて、感謝だね」
「ほんと、そうですよね」
「あと、花火師さんにも感謝しないとだね」
「花火師?」
うん、とうなずく。
「綺麗な花火を見せてくれて」
花火の残像が写っているような、輝く瞳を僕に向けながら話す。
「みんな空ばかり見上げて花火を見ているけど、それを打ち上げるために、いろんな人たちががんばって、努力してくれているからね」
「花火を打ち上げる人とか、準備する人とか……周辺の警備とか……警察とかもですか?」
「そうだね。こうやって素敵な花火を私たちにとどけてくれるのも、いろんなスタッフの人たちのお陰だからね」
これも茶道でいう……おもてなしの精神なのだろうか……
「肝心の花火師さんは、この日のために1年間、がんばってくれたのに、本番は忙しくて花火見ている暇ないからね」
「なんかそう考えると、可愛そうですね」
すると部長は巾着からスマホを取り出し、画面を見せてくれる。
そこにはさっきまで行われていた花火大会の様子が、動画で再生されていた。
「撮ってたんですね。奇麗に撮れてますね」
「こうすれば、いろんな人に見てもらえるから便利だよね」
こういった映像が、花火師の人たちにとどいてくれていることを願う。
「みんなの見えないところで仕事して、活躍してくれる人たちって、ヒーローみたいでなんか、かっこいいよね!」
部長の目は夜空に輝く花火だけではなく、その先のもっと遠くのもの、それでいて身近で隠れたものにまで向けられていた。
僕はそんな部長のことが……す……
……す……すごく尊敬している。
「ほかにも身近で隠れたヒーローっているよね」
「え? ヒーローですか?」
「教室の掃除当番の子が、忘れて帰っちゃったから、代わりに掃除してゴミを捨てに行ったりとか」
「……」
「小学生くらいの男の子が、横断歩道渡ろうとして待ってたけど、押しボタン押してなかったから、そーっとかわりに押してあげて信号を青にしてくれて」
「…………」
「さらにちゃんと家に帰れるか心配だから、後ついていっちゃったりね」
「………………」
「入試試験の当日に、おばあちゃんに病院までの道を聞かれて、教えたのはいいけどちゃんとたどり着くか心配で、後をついて行ったりとか」
……なんかやけに具体的な話だと思ったら、全部僕のことじゃないか!
なんで知ってるの? どこで見てた!
ストーカーなの? 不気味だよ!
「そういう人、かっこよくて、好きだなー」
「……」
そんな暗闇でもはっきり分かるくらい明るく輝いてまぶしい笑顔を、僕の方に向けられても……
あくまでも、そういう人がであって、別に僕のことがカッコいいというわけでもない。
まさか僕がヒーローとか、かっこいいだなんて……
そんなおこがましいことは……考えていない。
僕があれこれ考えているところに、部長はさらに付け加える。
「潜行密用 愚の如く 魯の如し」
「えっ? なんですって? え?」
部長が急にお経のようなものを唱え始めた?
「潜行密用っていうのよ」
深谷先生が解説してくれる。
いつもの禅語のことですかね。
「人の見ていないところで、人知れず善いことを、愚直にずっと続けていくってことよ」
「はあ……」
「まあ、人の見てないところでの行動が、その人の本質ってことね」
なんだか難しい話だなぁ……
「さあ、もう帰るわよ。香奈衣も早く準備して」
「うん、そうだね」
人も少なくなってきたし、そろそろ帰りますか……
……と、立ち上がるその足に、どこからか風に吹かれて流れてきたビニール袋がひっかかる。
あー もうー
僕は足にひっかかった袋を拾い上げる。
……そして見渡すと、あちらこちらにペットボトルや、お酒の缶やら、プラスチックのお皿やら……
誰だよー こんなところにゴミ捨てて帰ったのはー!!
よく見ると、そこにも! あっちにも!
見るもの見て終わったら、みんなゴミ捨てて帰っちゃうんだもんなー
しょうがないなー
見える範囲のところのゴミだけでも、拾って帰ろう。
今拾ったビニール袋をゴミ袋代わりにして、その辺に落ちたゴミを拾っていく。
「春山くん?」
「あー 部長、ちょっと待っててください。すぐ終わるんで」
「私も手伝うよ!」
トテトテと駆け寄ってくる部長。
「部長は座っててください。せっかくの浴衣が汚れますから」
……って、言うこと聞かずに草の中に入っていくし……
「香奈衣、汚いから、やめなさいって! 香奈衣! もう!」
結局、なぜか3人でゴミ拾いをするという、よく分からないことに……
僕はゴミを拾いながら思うのだった。
みんな知らないところで、がんばってるんだよなー
文化祭まで、もう1ヵ月もない。僕もがんばらないと。
本番で今までの稽古が無駄にならないように……
奇麗な花火を打ち上げられるように……




